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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

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長雨が止むとき

16/02/15 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:843

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秀介が会社の車庫に戻ったのは、夕方5時を少し過ぎた頃だった。
昨日降った雨のせいで、トラックのバンボデーには泥がこびりついていた。軽く洗車をした後、車庫に隣接するプレハブの事務所に入ると、社長が電話をしていた。
流し台の蛇口をひねり、顔を洗ってタオルで顔を拭いていると、電話が終わった社長が声をかけた。
「お疲れさま」
「社長、お疲れさまです」
「今日も寒かっただろ」
「ええ。夏が待ち遠しいです」
そうだな、と社長は言った後、茶封筒に入った先月分の給料を秀介に渡した。
礼を言って受け取ると、作業着のポケットにつめこんだ。
自転車で帰路につくと、まっすぐには家に帰らず、駅前の小さな小料理屋の前に自転車を停めた。『アキ子』という店名の小料理屋に入ると、「いらっしゃい、秀介さん」と、この店を一人で切り盛りしている、ママのアキ子が、笑顔で迎え入れてくれた。
「8畳ほどの狭い店内は、カウンター席とテーブル席が2席あるだけで、10人も客が入れば、店は満杯になるようなところだった。
秀介はカウンター席の中央の椅子に座った。他に客はいなかった。
「ママ、ビールちょうだい」
「はい。キンキンに冷やしていたから美味しいわよ」
手に持ったコップに、アキ子がビールを注いでくれた。秀介は一気にそれを飲みほした。
「あーうめー。やっぱ仕事の後の一杯は美味いな」
それからアキ子が作った料理を食べ、酒にだいぶ酔ってきた頃、秀介はアキ子に聞いた。
「ママ、こないだの話し、考えてくれた?」
「うん……。でも、やっぱり……」
秀介は3日目にこの店にやって来た時、アキ子に同棲しないかと聞いていた。
アキ子は視線を下に落としたまま、神妙な顔で
「やっぱり、同棲はちょっとできないわ。秀介さんはまだ若いし、私のような40歳を過ぎた女性よりも、若い女性のほうがいいと思ったの」
今年34歳になったばかりの秀介は、コップに半分残っていたビールを飲みほし
「年齢なんか関係ない。 俺はママが好きなんだ!」と言い切った。
しばらく沈黙が2人の周りを包んだが、アキ子が口を開いた。
「本当に私でいいの? 私はバツイチよ」
「うん。同棲してしばらくたったら、結婚も考えている。俺は本気だよ」

春がもうそこまで近づいてきていた。
日中は15度を超えるポカポカ陽気が続き、今日も無事故・無違反で会社の車庫に戻った。
事務所に入ると社長が1人だけだった。
「お疲れさま」
「社長、お疲れさまです」
「今日も天気が良かったから、仕事していて気持ちよかっただろ」
「そうですね。1年中、これくらいの陽気だったらいいんですがね」
「ほんとだな」と笑顔で社長は言った。
自転車で自宅アパートに寄り道をせずに帰りつくと、アキ子が料理をちょうど作っているところだった。
アキ子は秀介と同棲するようになってから、1人で切り盛りしていた小料理屋の店を閉め、今は昼間に近所のお弁当屋でアルバイトとして働いていた。
「おかえり!」アキ子が満面の笑みで言った。
「ただいま。あー腹ペコペコ。でもまずわビールだな」自分で冷蔵庫から缶ビールを取り出し、コップに注いで飲んだ。
秀介はこんな幸せな生活がいつまでも続くものだと、信じていた。
季節はさらに進み、セミの鳴き声が聞こえ始めた頃、頻繁に同棲するアパートに強引にやってくる男がいた。アキ子は男に「ここに来ないで!」と何度も懇願し、怯えていた。
アキ子に男のことを聞くと、3年前に別れた元旦那で、暴力団の組員をやっているらしかった。
秀介はアキ子に引っ越ししようと提案し、来週の仕事が休みの日にアパートを探しに行こうと言った。
翌日、仕事が終わって自宅に帰りつくと、アキ子は家にいなかった。テーブルに上にはラップをかぶせた料理が用意されていた。
部屋の壁時計が夜の10時を指し、何度かけても繋がらない携帯電話に再度、電話を掛けたが、やはり繋がらなかった。
日付が変わる頃、玄関のドアが開いた。
「アキ子、こんな時間まで何してたんだよ?」心配そうに秀介は聞いた。
「ごめんなさい……」
2人はテーブルをはさんで向かい合って座った。
アキ子は俯いたままだったが、やっと口を開いた。
「お腹に赤ちゃんができたの」
「本当か? やったじゃないか」
アキ子はテーブルの一点を見つめたまま「正直に言うわ。あなたの子供じゃないの。ごめんなさい……」
「誰の子だよ?」
「元旦那の子よ」
秀介は絶望感を感じた。
「私を恨んでください」
秀介は夜風を浴びに外に出た。
2時間近く橋の上から川を眺めていた。ただ茫然と。
同棲するアパートに帰ると、アキ子の姿はなかった。ただテーブルの上に『今までお世話になりました』と書かれた紙が置かれていた。
秀介は声を出して泣いた。
10ヵ月間の同棲は、本当に夢のようだったと悲しくなった。


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