1. トップページ
  2. こっから峠

鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そのために、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 テーマに沿った個別物語の他に、いくつかのシリーズものをコツコツと書き続けさせてもらってます。 その主なシリーズものを紹介させてもらいます。  ☆❤☆❤☆ 新シリーズ 『ツイスミ不動産』 __ 2017.07.16よりスタートさせてもらいました。 カサリンとクワガタ野郎があなたが求める終の棲家を紹介いたします。  ☆❤☆❤☆ 『刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)』 __ 2017.05.21 ただ今、27話 __ 1話完結の2000文字推理小説です。この少ない文字数の中で、百目鬼刑事と部下の芹凛(せりりん)がいかに事件を解決していくか、その醍醐味を味わって頂ければ、光栄です。 これからも引き続き難しい事件に挑戦して参りますので、よろしくお願いします。  ☆❤☆❤☆ 『漢字一文字の旅』 __2017.04.04 ただ今、連載41__ 漢字にまつわるエッセイです。  ☆❤☆❤☆  『歴詩』 __歴史上の人物になりかわって、その波瀾万丈の生き様の思いを詩に綴らせてもらってます。 本作品については、フォト音(on)小説という形で、you tubeにもUPさせてもらってます。 詳細はこちらHPです。  ☆❤☆❤☆  http://ayukazeyuu.net/index.html  ☆❤☆❤☆                         よろしくお願いします。              

性別 男性
将来の夢 この世で最も面白い物語を見つけ出したい。
座右の銘 Do what you enjoy, enjoy what you do.

投稿済みの作品

0

こっから峠

16/02/14 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:0件 鮎風 遊 閲覧数:925

この作品を評価する

 現代人は生きて行くために必死。そのため日々多忙だ。
 そして人たちが行き交う町は、人間どもの五欲が絡み合い、結果として喜怒哀楽が交錯し、いつも喧噪だ。
 そのせいもあってか、人は疲労し切っている。そしてそこからの逃亡、もっと自分の生き方を受け入れてくれる、あるいは合致した世界はないものかと探し始める。
 ご多分に漏れずサラリーマンの洋介も、嫁、金、やり甲斐ある仕事に飢えている状態だ。このまま自分の欲望が満たされないまま、ただ時間だけが経過して行くのではないかと、最近不安が募る。
 とどのつまりが今ある俗界とは異なる、もっと満足できる、もう一つの現世がどこかに存在しているのではないかと、やっと取れた休日に、近頃ネット内で話題となっている山へと登って来た。

 ムッとするほど息吹く新緑の中に、くねくねとした登山道の軌跡が残る。それを洋介は容赦なく後方へと置き去り、もっともっと急勾配な山道を這うようにしてなんとか登り切った。するとそこが頂点、『こっから峠』だ。
「ハア、ハア、ハア…、よっこらせ」
 息が上がった洋介は、何はともあれ峠の一軒茶屋のくすんだ緋毛氈の縁台に腰掛ける。これで酸欠気味の身体に血が回り出したのか、フーと安堵の息を一つ吐く。それからおもむろに今来た坂道に目を戻すと、足下に初夏の木々が生い茂り、その先に日常の暮らしがある町並みが広がる。
「ああ、俺はちょっと違う世界に移住したくなって、ここまでやって来た…、いや四苦八苦の俗界から逃げ出してきたのかも知れないなあ」
 こんな不明瞭な考えを巡らせながら、茶屋の先へとゆるりと目を移す。そこでは視界が眼下へと大きく開けている。そして、まるで宇宙人が住むような異次元のタウンが遠望できる。
「あの町ではまた違った生き方ができるのかも…、さあて、どうするか?」
 手を顎へと持って行き、二、三度擦ってみる。このように思い迷う洋介に、天に染み入る美声が穏やかに、背後から響き被さる。

♪ こっから峠 こっから峠
  先は地獄の淵か、天国か?

  まだまだ人生見習いの
  はな垂れ小僧に 自己中娘

  超えてみようか、超えまいか
  迷うておるなら 飲みなはれ
  母(カカ)の茶一服 味わいなはれ

  渋い緑茶に 茶柱立てば
  越えてみなはれ こっから峠 ♪

 こんな文句に節を付け、初老だが背筋がツンと伸びた、まるで精霊のような面持ちの婦人が現れ出てきた。この女性こそ峠の茶屋の女将だ。
「おいでやす、お見受けしたところ、お前さんは彷徨うお侍さんどすな。さあ、このお茶飲んで、こっから峠を越えるかどうか決めたらよろしおすえ」
 女将が湯気立つ茶を差し出してくれた。洋介はここは企業戦士らしく「かたじけない」と律儀に返し、零さないように受け取った。
 厚みのある茶碗でどっしりと重い。それでも熱さが充分伝わってくる。洋介はふうと息を吹き付け、表面に幾重もの輪を作る。そしてしばらくそれらが収まるのを待ち、目を懲らし確認する。
「うーん、茶柱は立たずか」
 洋介が残念そうに呟くと、「五里霧中のご浪人さま、いや、まだまだ将来があるはな垂れ小僧さんかな。いずれにしても峠を越えず、元の世界に戻って、気持を新たに生き直す、それも大きな選択なんどすえ」と女将が柔らかく微笑んでくれている。
 もちろん洋介は知っている。人にはそれぞれの現世がある。しかし、それはたまたまその世界で暮らしているだけで、背後には微妙に異なったワールドがいくつか存在することを。
 誰しも経験あるだろう。電車通勤でいつも左から二番目の改札口を通っているが、時に左から四番目を通ってしまう。するとその日は普段とはまさに微妙に違った一日となる。例えば鬼の上司がなぜかニコニコ笑ってる、そんなちょっとずれた世に入り込んでしまったことが。
 つまり、これは今住む俗界から少しシフトした第二、第三の世界にワープしてしまったということなのだ。そしてその固定的な入口が、最近話題の『こっから峠』だ。洋介もご多分に漏れず、何かを期待し、頑張って登って来たのだった。

 お茶は充分冷めた。洋介はゴクリと飲んでみる。
「シブッ!」
 しかし、しばらく口に含んでいると、どことなく甘さを感じる。それと同時に日常の不満が徐々に和らいで行くから不思議だ。洋介は母(カカ)が点ててくれた一服の茶をゆっくりと飲み干す。
「さあ、越えてみようという邪心を捨て、登り来た道を帰ろう」
 こう結論を下し洋介は席を立った。その背後から精霊の歌声で、女将が洋介の決断を後押ししてくれるのだった。

♪ こっから峠 こっから峠
  先は地獄の淵か、天国か?

  渋い緑茶に 茶柱立てば
  越えてみなはれ こっから峠

  甘い緑茶に 茶柱なくば
  さっさと戻んなはれ こっから峠 ♪


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン