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月村千秋さん

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あたたかいやけど

16/02/10 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:4件 月村千秋 閲覧数:997

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「あっちっちっち」
 お父さんはいつも熱いお茶でやけどする。それも私の入れたお茶のときだけ。不格好な黄土色の湯飲みを慌ててテーブルに置く。大げさにむせて咳をするお父さんは正直うるさい。めがねをかけてゴマみたいな髪の毛の太った人。お父さんのことを悪く言うのはほめられたことじゃないって分かっていても、つい口に出てしまう。
「バカじゃん」
 私は目玉焼きをぐちゅぐちゅとかき混ぜた。中央にちょろっとしょうゆを垂らして食べるのがマイブームなのに、お父さんのせいで台無しだ。朝から自分のペースを乱されてイライラする。
「大丈夫?」
 お母さんは花柄の台拭きでこぼれたお茶を拭いた。そんなやりとりさえ煩わしくて食べかけの朝食を流しに置いた。
 どうして私のときだけ普通にしてくれないんだろう。いってきますも言わずに家を出た。どこか芝居ががっていて、わざとしているような気がする。私はこのことを友達のまゆに相談してみた。
 まゆはオレンジ色の髪留めをしていた。健康でかしこそうな額。
「やっぱりあれじゃない? あおいのとこってすっごく仲がいいから。お母さんの入れたお茶じゃなきゃ飲めん! ってことじゃない?」
「えーそうかなあ?」
 興奮して目を光らせるまゆに、私はちょっと呆れる。
「羨ましいなぁ。うちなんか、お母さんがおかえりなさいって言っても、お父さん、おう・・・・・・・・・・・・ただいま、って言うだけでさー!」
「いいじゃん、渋くて」
「渋くないよ! その間はなんだ。しゃきっとしろ、しゃきっと! って思って、私その場で説教したから」
「あははは、まゆらしい」
 そうなのだ。私の両親は仲がいい。仲がよくないよりかはいいけれど、恋愛中のカップルじゃないんだからと思うこともよくある。この前なんか、寝る前にキスしてるとこを見かけて、こっちがどぎまぎした。いったいあなたたちはいくつなのよ、とツッコミながら見て見ぬフリをしている。
 学校から戻ると、お母さんはアップルパイを焼いていた。テーブルに向かい合って座る。私はお母さんにもお父さんの話をしてみた。
「あの人は昔からそそっかしくて」
 ガラス製のポッドの中で茶葉がゆっくりと開いていく。お母さんの入れるダージリンは他の人が入れるものよりも甘い匂いがした。
「でも私のときばっかりなんだよ?」
「それは、あおいちゃんが入れたお茶だから緊張してるのかもね」
「緊張?」
「そうよ、もう私の入れたお茶ではなにも感じてくれないんだもの」
 あーはいはい、相談した私がバカでした。憂い顔のお母さんを見て、大丈夫なのこの人は、と思ってしまう。あなたの入れたお茶はおいしいけど、別に毎日飲んでたら感動もしないでしょ。というか、私もなにも反応してないけど、それはいいのかな。まあ、アップルパイがサクサクしてておいしいからいいけど。
 結局、お父さんのむせる理由は分からなかった。
 夜寝る前に好きなドラマをぼんやりと眺める。まゆの好きな俳優の出てるドラマだ。私はそんなに興味ないとはいいつつも、事件の真相に心惹かれてずるずると見ている。
 刑事は推理に行き詰まり頭をかかえて机に座っていた。そこへ通りがかった部下の女刑事が後ろから缶コーヒーをほっぺたに押し当てる。
「あちぃ!」という声とともに女刑事の軽快な笑い声が署内に響いた。
「あっ!」
 私はふいに大きな声を上げた。自分でもこんなに大きな声をあげたことにびっくりする。そうだ、思い出した。
 あれはいつ頃だっただろう。すごく幼かったときのことだ。私はよくお父さんに連れられて公園で遊んだ。ブランコに揺られる私をベンチから優しそうに見守るお父さんの姿を覚えている。
 私はお父さんの飲む缶コーヒーにあこがれて、買って貰おうとせがんでいた。でも買って貰っても苦くて飲めなくて、結局代わりに飲んで貰っていたんだ。そのとき決まってお父さんは「あっちっちっち」って言って、その様子が可笑しくて私はいつもお腹の底から笑っていたんだ。
 合点がいった。お父さんのなんとなく芝居がかった理由はきっとそういうことだ。私に笑って貰いたくて。ふふ、と思わず笑ってしまう。なんだ、お母さんばっかり見てると思ったら全然そんなんじゃない。
 なんとなくうまく話せない自分と、わざとむせるお父さん。ふたりとも不器用で、これが親子なのかもしれない。そう思うと、恥ずかしくて、くすぐったくて、照れる。こんな姿見せられないや。私は早めに布団に入ると、ドラマの続きも忘れてぐっすり眠った。
 翌朝、私はいつもより丁寧にお茶を入れた。天気のいい澄んだ朝だった。のどかな落ち着く香りがする。ご飯と、味噌汁と、目玉焼きと、仏頂面のお父さんと、歌うように話すお母さん。そして、目玉焼きに醤油を垂らす私。お父さんの「あっちっちっち」が聞こえてきた。


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このストーリーに関するコメント

16/02/11 南野モリコ

月村さん、拝読致しました。


遠い記憶からつながる家族のエピソード、
面白く読ませて頂きました。

『ああたたかいやけど』、というタイトルもいいですね!

16/03/12 月村千秋

ミナミノモリコさん

コメントありがとうございます。
返事が遅くなってしまい申し訳ありません。

タイトルはひらがなにして柔らかい印象にするのと少しの疑問を入れてみました。
褒めて貰えてうれしいです。ありがとうございます!

16/03/12 月村千秋

篠川晶さん

コメントありがとうございます。
返事が遅くなってしまい申し訳ありません。

湯呑みや台拭きといった特徴的な物は少し細かく書きたいと思いましたので
それが伝わり嬉しくおもいます。
ありがとうございます!

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