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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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カルバドス

16/02/09 コンテスト(テーマ):第102回 時空モノガタリ文学賞 【 ギャンブル 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2248

時空モノガタリからの選評

都会的でオシャレな雰囲気で、さらりと男女の一夜の邂逅が描かれていますね。「一回きり」の大勝負、人生を左右する一枚から伝わる緊迫感がリアルでした。「女」の動機は一切語られませんが、「全財産」を賭けるのですから、彼女の方にもおそらくそれ相応の事情があるのでしょう。「恐いほど澄んでいる」彼女の目、最後に見せる主人公の後ろ姿からは、全てを手放すことをも覚悟したことからくる静かな強さのようなものが感じられました。小さな賭けではなく、自分の全てを賭けてしまう程の覚悟を持った時、人間は強くなれる面があるのでしょうか。負けながら人生には勝つというような“敗者の美学”が静かに伝わるラストが印象的でした。

時空モノガタリK

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見境なしにはいりこんだバーは、ちょっとばかし高級そうな店だった。
入り口のところで、「コートをお預かりします」と店の者からいわれてアキラは、照れくさそうに安物のコートを脱いだ。
テーブルに着いたアキラは、ため息とともに椅子に座りこんだ。会社で経理を担当する彼が、横領した金のすべてを競馬につぎこんだあげくすってんてんになって、残された道は死ぬしかないところまで追い込まれ、末期の酒をととびこんだのがこの店だった。
「ご注文は」
店の男がひろげたメニューには、見慣れない横文字が並んでいた。いくらさがしても『チューハイ』も『ハイボール』もみあたらなかった。
ただひとつ、辛うじてカルバドスと読める酒があった。カルバドス。あれはたしか『凱旋門』という小説だったか、その中で主人公とヒロインがよくのみかわしていたのがその名のついたブランデーだった。俺にもそんな翻訳物の小説に夢中になった時代があったのだ。アキラはさっそくそのカルバドスを注文した。でてきたグラスに、口をつけた彼は、はじめて味わう洋酒の味に喉を鳴らした。
これまで気にもとめずにいた彼の目がふと、奥のテーブルに座っている女の上にとまった。女はテーブルにかがみこむようにして、何かをしていた。どうやらトランプのカードをならべているようだった。彼の視線を感じたのか、ふいに女がこちらに顔をあげた。
「何をのんでるの」
その問いかけは、いまアキラが一番してほしかったものだった。
「カルバドス」
「おいしい」
「飲んでみますか」
彼はグラスをもって女のテーブルに移動した。女は、彼から手渡された酒を、ぜんぶのんだ。
「女が好きになりそうなお酒ね」
「『凱旋門』っていう小説の中にでてくる女性が好んでのんだ酒でね。それで世界中にこの酒が有名になったって話をきいたことがある」
またなにかきいてくるかと思ったら、女は手にしたカードをみせつけて、
「あたしと勝負しない」
「いいねえ。ポーカー、それともババ抜き、神経衰弱―――」
「そんなしちめんどくさいの、いや。おたがいカードをめくって、数の大きいほうが勝ちというのはどう。勝負は一回きり」
「いいだろう」
女ははやくもカードをくりながら、
「なに賭ける」
アキラは口ごもった。いまの俺に賭けれるものといえば………。
「この命だ」
彼女は身をのりだすようにして、彼の目の中をのぞきこんだ。アキラはそのとき、女の目が恐いほど澄んでいるのをみた。
「じゃあたし、全財産を賭ける」
アキラは、相手が視線をはずすことなくいうのをみて、こくりとうなずいた。
「あなたもくってみる」
ひとしきりくったカードを女は、こちらに差し出した。
「いや、それでいい」
「じゃ」
彼女は二人のまんなかに重ねたカードを置いた。
「レディファーストだ」
「さすが、カルバドスを飲むひとのいうことはちがうわね」
そして彼女は、信じられないほど無造作に、一番上のカードの端をつまむと、テーブル上に表をみせて置いた。
スペードのクイーンだった。
「やめた」
「そんな選択肢はないはずよ」
「俺は会社の金をつかいこんで、競馬でみなすってしまったんだ。こんな男の命をもらったって、あんたにとってはなんの得にもなりやしない。俺はこの酒、この世の別れにのんだんだから」
「あたしはね、年商十億の会社のオーナーなの」
「年商十億」
「夜の世界の女たちの、衣装を手掛けて儲けたの。その財産を負けたらあなたにそっくりあげるといってるのよ」
「全財産なんかいらない。俺が会社で横領した金額だけで十分だ」
「好きにしたら」
アキラは、真剣な目でアールヌーボー調の曲線で描かれたカードの背をながめた。女がやったように彼も、何も考えることなくカードをめくろうとしたが、不覚にも指の先がふるえた。みれば彼女の表情も、これまでとちがい、異常な緊張感にこわばっている。
キングかエースが出れば俺が勝つ。アキラの意識はその思いひとつに染まった。会社のことも、使い込んだ金のことも、競馬に大負けしたことも、きれいさっぱり消えていた。
彼は一度胸で大きく息を吸い込んでから、カードに手をのばした。そして目をつぶって、表に翻しざまテーブル上にそれを叩きつけた。
その一瞬後女からもれた悲鳴とも嘆息ともとれる声に、彼は目をひらいた。
最初に彼女がひいたスペードのクイーンの上に、ハートのクイーンが重なっていた。
「カルバドス、もう一杯どうかな」
「お願い」
はこばれてきたグラスを二人、わけもなくあてて、一気にのみほした。
「あたし、好きになりそうだわ、このお酒」
「小説も読んでみては」
「なんていったかしら、失楽園」
「凱旋門」
「おぼえとくわね」
「じゃあ」
アキラは席を立った。そして背に、女の自分をみつめる視線を意識しなから、いつになく誇らかな気分で歩きだした。


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このストーリーに関するコメント

16/02/09 W・アーム・スープレックス

お元気ですか。
この作品を書いているとき、つねに私の意識にOHIMEさんの存在がありました。そしてコメントをいただき、やった。でした。これもまたギャンブル、なのかな。
ピアノも弾かれるのですね。OHIMEさんの作品には音楽が感じられるのも、うなずけます。今後のご活躍を期待しています。
ありがとうございました。

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