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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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負け犬だらけでHOLD ON ME

16/02/05 コンテスト(テーマ):第102回 時空モノガタリ文学賞 【 ギャンブル 】 コメント:4件 クナリ 閲覧数:961

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――そんなこと、もうやめなさい。
 別に、死にたくてやってるんじゃないんですよ。
――尚更よ。手首は浅く切っていても蓄積すれば命に、
 先生。私、分からないんです。
――そうね、あなたくらいの年頃だと、なぜこんなことをしてしまうのかなんて、分からない方が当然で――
 いえ、そうじゃなくて。
――え?
 何で、先生なんかには分かりっこないことを、分かることができるようなつもりでいらっしゃるのかが、さっぱり分からないんです。気持ち悪い。

 放課後の教室には、低角度の秋の日差しが窓から差し込んでいた。
「力のない光線て、暗闇を際立たせるだけの役にしか立たないのね。学校の先生みたい」
 頬杖をついた私の呟きを、同級生のウザキが半眼で受け止めた。
「意地悪過ぎるよ、お前は。担任、指導室出た後泣いてたぞ」
 教室の中には私達しかいない。
「ウザキだって、中学で教師一人、辞めさせたって聞いたけど」
「……」
「あ。怒ってる」
 地雷を踏んだ。でも、ずっと何かに怒ってるのは分かってたけど、何にかは知らない。それがいつもシャクだった。
「あんたに何があったのか教えてよ。そしたら、先生いじめるのやめる」
「本当だな」
「うん」
「つまんねえぞ」
「いいよ」
「中学二年の時。俺の担任は、旦那と自分の子供が大好きだった。でも――」

 ――でも。それ以上に、成熟していない男子の体が好きだった。その衝動を、理性で必死に押し留めてた。
 気づいていたのは、多分俺だけだった。
 教師としての熱意も、適性も能力もあったと思う。なら悪い処は除いて、良い処を活かすのが建設的だろ。
 俺なら、彼女の渇きを癒せると思った。
 でも、一度欲望を満たすことで、彼女が味をしめて取り返しのつかないことにならないだろうか――これは、賭けだった。
 でも一応、教師への信用っていう担保もあったから。
 自分の体を賭け金にして、俺は彼女を誘った。
 これまで、余程抑圧して来たんだろう。涙目で俺を押し倒しながら、先生は礼を言って来た。
 これっきりだと、互いに約束して別れた。
 でも、彼女は一週間もしないうちに二度目を求めて来た。
 固く拒んでいたら、先生は「なら、他の子にする。それでもいいの」と叫んだ。
 生徒指導室で、だぜ。
 俺は、教師に脅迫された。馬鹿馬鹿しくも、彼女自身を盾に取られて。でも――先生をそんなクズにしたのは、この俺だ。
 そう思ったら抵抗する気も失せた。
 回数は、それからあっという間に膨れ上がった。
 ヤケだった。賭けに負けた清算だと思って、ひたすら体を好きにさせた。
 でも彼女は、俺が人形みたいになっても気にもしないで続けた……それが一番キツかったな。
 それである日、俺たちは行為の真っ最中に、人に見つかった。

「――な。つまんねえだろ。俺はお咎めなしだったけど、先生は当然追放された。離婚したらしい」
「ウザキは全然誰からも怒られず? ってことは、その先生がかばってくれたんだ」
「いや。人に見つかった時、俺が泣いてたから。先生は俺に襲われたんだって騒いでた」
「……あそう」
「俺は、周りからの問答無用の善意で強制的に守られた。でも事情を聞こうなんて奴は、一人もいなかったよ。本当は皆、ゴシップ以上の興味もねえんだ」
 そんな社会で、一か八か、欲望も生活の充実も得られる一縷の望みに賭けた教師は、結局仕事も家族も失ったのだ。
 破滅を予期はしたはずなのに、止められない博打狂。
 勝ち続けられると思った? どこで狂った? 悪いのは、誰。
「お前、人を傷つけるのやめろよ。しんどくなるぞ」
「自分なら良い?」
「必要ならな。でも一人ではだめだ」
 ウザキは鞄を担いで歩き出した。
「担任に謝っとけよ」
「……あんたさ、もしかしてまだその先生を信じてる? それに、私のことも」
 背中が立ち止まる。
「それじゃ、賭けなんて勝てっこないよ」
「俺達を見つけたのは、先生の息子なんだよ。先生の家で。なのに、今でも先生から会いたいって連絡が来る。正気かよ。でもあの人が本当に欲しいのは、中学の時の俺の体なんだ。それが痛いほど分かって、……人間不信にならねえよう、必死なんだよ」
 日が沈み、ウザキは夕闇に消えた。

 あいつも私も、勝ち方を知らない負け犬暮らしで嫌になる。
 でも、きっとウザキはまた信じて賭けている。約束したわけでもないのに、私が一人では手首を切らないと。
 仕方なく、私はカッターにガムテープをぐるぐる巻いて教室のゴミ箱に捨てた。
 切らなきゃ切らないで、結構しんどいってのに。
 明日は、私の話を聞いてもらおう。
 あんたよりもっとつまんない話ですが、何だか、やっと人に話せる気になったから聞いてくれ。

 ――担任は、まだいるかいな。
 今日のは、私が悪かった。


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このストーリーに関するコメント

16/02/23 霜月秋介

クナリ様、拝読しました。

欲しいものが手に入ると、もっと欲しがるのが人のサガですね。何かを賭けるときは、あらかじめ捨てても構わないという覚悟が必要なのでしょうね。

16/02/24 クナリ

霜月 秋介さん>
これくらいならいいはず、これくらいなら手に入ったって罰は当たらない――そのさじ加減を誤るとき、事故は起こるのでしょう。
本当、賭けというのは損失のリスクを覚悟の上でなくてはなりませんよね。

16/03/13 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

人を信じて裏切られ。
自分が辛い事より、堕ちるだけの人間を直視するのはもっと辛いです。
それは関わろうという覚悟がないと出来ないのだと思います。
主人公が、ウザキや担任の気持ちを汲んでくれたラストに少しほっとしました。

16/03/15 クナリ

冬垣ひなたさん>
自分が楽になりたかったり幸せになりたかったりするのに、なぜか他人の存在なしでは安らぎも幸福も得られなかったりするのが、人間のやっかいなところですよね。
自分はあまり教師と言う人たちが好きになれないまま学生生活を終えましたが、今にして思えばありがたい環境にいたのだなと思います(遅ッ…)。
子供から大人になると言うのは、そうしたことに気づくことでもあるのかな、と書きながら思いました。

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