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メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 知足。悠々自適。日々新た

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チョコになったクマ

16/02/01 コンテスト(テーマ):第73回 【 自由投稿スペース 】 コメント:1件 メラ 閲覧数:836

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 この時期は例年の事だが、どうしても帰りが遅くなる。ここ一ヶ月、まともに娘と顔を合わせていない。朝早くに出掛け、帰ってきた頃には布団の中ですやすや眠っている。しかし、天使のような寝顔を眺めるだけで、仕事でくたくたになった頭も体も癒されるというものだ。
「よく眠っているな」
 娘の寝顔をしばらく眺めてから、リビングに戻り、スーツの上着を脱ぎながら妻に言う。
「今日は学校が終わってからもずっと公園で遊んでいたから疲れたのよ」
 妻が夜食の準備をしながら言う。俺は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、さっそくプルトップを開けて、一日の終わりの儀式のように、乾いた喉に流し込む。
「ちょっと、飲むなら座って飲んでよ。ご飯もあるし」
 妻はそんな小言を言って、温めたシチューを皿によそった。
 遅い食事を取りながら、妻の話を聞く。
「今日ね、マナミの学校でね、担任の先生がが・・・」
 本当は静かに酒を飲みながら、テレビニュースでもぼんやり眺めたいのだが、妻は一日の終わりに、今日の出来事を洗いざらい言語化しないと気がすまないタイプの女だった。だからこでしっかり耳を傾けてあげないと、必ず夫婦喧嘩の種になる。
「そうだ!」
 妻が何かを思い出したかのように立ち上がり、がさごそと自分のトート・バックの中から、紙切れを取り出して戻ってきた。
「これ読んでよ、マナミが書いたお話。先生やお友達にも好評だったのよ」
 マナミはこの頃すっかり『おはなし作り』に夢中だ。実際俺も何度か娘の作った話しは読んだり聞いたりした。
 親バカと思われるかもしれないが、六歳のレベルとしてはなかなかの出来栄えで、将来は脚本家や作家になれるぞ、なんて褒めておだてると、娘は嬉しそうに無邪気に笑った。
 今回の話はこうだった。
『やさしいクマと、嘘つきのクマが森の中にいて、キャシーという女の子の主人公が森で迷子になるという設定だ(何故か娘の話の主人公は、欧米風なネーミングが多い)。
 キャシーはやさしいクマに導かれて、チョコレート・パンの生る木まで連れて行ってもらい、お腹一杯それを食べる。しかしその後、嘘つきのクマに騙され「たにぞこにおっことされる」。キャシーは「おおけが」をして泣いてしまう』
「谷底?どこで覚えたんだ、こんな単語」
 俺はそう独り言をつぶやくが、妻は笑って様子を見てるだけだ。
 続きを読む。
『しかし、そこでまたやさしいクマの背中に乗って、谷から出て、出口にたどり着く。しかしそこで嘘つきのクマとやさしいクマが戦う。
 二頭のクマはヤシの木の周りをぐるぐると回り始める。
 ぐるぐるぐるぐるぐると「すごいすぴーど」で回るのだ』
 ちなみにこの時点で主人公であるキャシーの存在はもうなくなっている。子供の話とは非常にシュールなものなのだ。
『そしてやがてクマは木の周りを回りすぎて体が溶けてしまう。「ちょこれーとになってしまいました。おわり」』
「なんか・・・、どっかで聞いた事あるオチだな」
 正直な感想を言う。
「面白いでしょ?バターじゃなくてチョコになっちゃうの。クマが茶色いからね。子供の発想っていいわね」
 妻は満足そうにケラケラと笑った。
「そうだな、マナミは本当に天才かもな」
 なんて俺も言うが、何か、心のどこかに妙な引っ掛かりを感じていた。
 妻が先に寝室に引き上げた。俺はリビングに残り、テレビをつけた。スポーツ・ニュースがやっていた。
 俺は焼酎をお湯割りにしてちびちびと飲みながら、娘の作った話しを思い返していた。
 マナミは動物が好きで、ぬいぐるみなんかも大好きだ。中でもクマのぬいぐるみが一番お気に入りのはずだ。さっきも一緒に眠っていた。
 しかし、話しの中で罪もないクマも、一緒に溶けてチョコレートになってしまうのだ。
 俺はどうやら「やさしいくま」に同情しているらしい。そんな自分の気持ちに気づくと、何故か笑えた。そうか、居心地の悪さの正体はこれだったのか。
 子供の発想ってすごいわね、なんて妻は言っていたが、そこに含まれる残酷さは、大人のそれとは時に比べ物にならない。
 その残酷さはある意味この世界の「在り方」や真実を垣間見せてもくれるが、そこに哀愁や同情を挟みたくなるのが、大人の世界なのかもしれない。などと思う。
 溶けたバターでホットケーキになったトラと、チョコレートになった罪のないクマ。その内俺も、どこかをぐるぐる回って、あんことか生クリームとか、そんなろくでもない何かにされてしまうのだろうか。


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このストーリーに関するコメント

16/02/03 泡沫恋歌

メラ 様、拝読しました。

子どもが描く物語は荒唐無稽でイメージだけで疾走する感じですね。
日常的な家庭の情景を描きながらも、どこか危うい感覚が見え隠れして・・・
読み終わった後、ちょっと不思議な気分になりました。
うまく表現できないけれど、なんというか虚無感みたいな・・・

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