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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
座右の銘 今を生きる  

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狂人の私が捨てたもの

16/01/31 コンテスト(テーマ):第100回 時空モノガタリ文学賞 【 純文学 】 コメント:12件 草愛やし美 閲覧数:1439

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気が付いた時、私は一冊の本を抱きしめていた。その頃、私が執心だった文学書だ。船の難破によって打ち寄せられた浜辺にあっても私が落ち着くことができたのはこの本のお陰に相違ない。救命胴衣の下に着ている作業服の胸ポケットから引っ張り出したその本は表紙こそ海水でふやけていたが中はそうでもない。その紙束を私は大事そうに胸に抱く。ここはどこなのかなど私にとってどうでもよいことだ。白い砂浜に波が押し寄せる音だけの世界。これから、私と紙だけの世界が始まるかと思うだけでワクワクしてきた。
 
 私が異国に旅立ったのは、新しい世界なら私を受け入れてくれるかもしれぬと微かな希望にかけたからだった。自分のつまらなさを嫌というほどわかっていた。未知のものなど異国に行ったところでないと思いながら、身動きできぬ苦しさから逃れたい一心で導き出したものだった。悍ましい自らを全て消し去ることばかり考え柵のない地に行けば自制から解かれるだろう、誰にも咎めらない異国ならば魂は自由になれるはずと自らに言い聞かせていた。もうずいぶん前から、私の時計は全く進まなくなっていた。進むとすれば私という人間が狂人と化した時に違いないだろう。その前に柵を解かねばと考え続けてきた。その恐怖から逃れるために私は文学本にのめり込んだ。そこに解決法はなくても、同じようにのたうちまわる師を知ることができそうだと信じられた。
 狂ってしまう前に、私は人間をやめなければいけない。私が私でいるためには、その道しかない。異国ならそれを実行しても誰にも迷惑にならぬと航海に旅立った。航海のある夜、誰にも知られずに大海へ身を投げることは恐怖もない方法と考えていた。
 金のない私はボランティアをすれば乗れるというたぐいの仕事を選んだ。乗り合わせた青年達のように、夢や希望などというきれいごとではなく苦しさから逃れるための選択だったが、作家の文学書を携え大きな白い船に乗り込んだ。
予期せぬ海のアクシデントに苛まれ難破してしまったのだ……そうに相違ない。私は白砂の浜で思い返していた。浜辺は白くどこまでも続くかと思えたが、進むことの必要など何もなかった。ちっぽけな島はすぐに同じ場所へと戻ってきたからだ。波音以外静かな空間しかない世界に高揚している自分を認められ嬉しい。僅かばかりの樹木が岩に生えてはいるが歩いてすぐに一周できた。無人島と呼べばよいのか、いや人間どころかフナムシ以外生き物もいないと容易くわかる島だ。島というよりも大きな岩場に近いようだ。岩陰に身を横たえ本を読み耽る。至福の時が来たのだ。何にも縛られず自由気ままにひとり本を読む。読みながら静かに私は逝くのだ。ずっと願っていたことが手に入る。高揚する気持ちで本を携えた私は岩穴を見つけ近づていった。
 私は岩穴の影の中に何やら気配を感じ驚いて身を引いた。呻き声がする、凝らした目に感じ取った輪郭は人間の女だった。よく見るとその女は同じ船に乗っていたとわかった。だが、私にはどうすることもできない。話しかけても女は目を固く瞑り身動きひとつしない。苦しいのか呻くだけだ? 白い足に血が滲んでいる。ようやく薄目を開けここはどこかと尋ねられた。私は首を横に振っただけだった。
 女は寒いのか小刻みに震え出した。どちらもこのままここで逝けるものならそれも良しか……。私は大切な本を広げた。文字を追ってはみるが、女の呻き声が気になって読み進めない。どうしろというのだこの私に。この岩陰を出で私ひとりで逝くしかないのか。偶然とはいえ、同じ浜に辿り着くとは、通常ならば奇跡と呼ぶ出来事なのかもしれぬが、今の私には重荷でしかない。どうしてひとりでなかったのだろう。女は私に何かを暗示するように呻く。

 ああ、私は作業服のポケットにあるライターを無意識に握りしめているではないか。こんな二度とない至福のチャンスを自ら捨てようとしているのか。私は狂ってしまったに違いない。岩陰から這い出た私は、その岩場の上によじ登り落ち葉を下方へ落とし樹木の枯れた枝をポキポキと折る。枯れ木と落ち葉をかき寄せたところへ震える女を抱え上げ運んだ。
 
 ついに私は私の師である紙の1ページをビリリと破きライターで火をつけた。始めは少し濡れた紙は白煙をあげただけだったが、やがてボーと赤色に変わった。さらに3枚ほどの紙ページにその炎をすばやく翳すと紙片は大きな赤い炎と化した。集めた落ち葉に移すと、まるで炎はたった今生まれ落ちた生き物の如くメラメラと動き出した。枯葉はやがて乾いた木に燃え移り小さなたき火を形成した。

 白い肌がオレンジ色に染まりやがて女の頬が上気していく。

 私は太宰を捨て女を拾った。これでよいのか悪いのかさっぱりわからないが、ただ暖かい。師と仰いだ作家は女と共に死ぬことを選び、私は女と共に生きる道を選んだ。


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このストーリーに関するコメント

16/02/01 メラ

草藍さん、拝読しました。

今までにない、文圧のある作品でした。有無を言わせぬ迫力というか。
本の中で、旅をする。そういう人は多いですよね。
太宰。僕も影響受けました。でも、女とは死ねません(笑)

16/02/04 滝沢朱音

すばらしかったです。
「どうしてひとりでなかったのだろう」の言葉の裏にある、主人公のもう一つの思いが沁みました。

そして私もこの主人公と同じであり、その女とも同じです。
だから今はただ暖かいです。ともしびをありがとう。

この思いが伝わりますように。

16/02/04 草愛やし美

メラさん、コメント嬉しいですありがとうございます。
最近、書けなくなってしまい……
今回の投稿どうしようかと、正直すごく悩みました。
ですが、お世話になった時空モノガタリさまの
100回目の記念すべきコンテストだと思い
何とか形にしたいと情けない脳を叱咤激励して頑張りました。
何とか投稿にまで漕ぎ着けることができ今はほっとしています。

コメント今後の励みにしてひとりで精進したいと願っております。

ほんとう私の拙作読んでいただき感謝しております。ありがとうございました。

16/02/04 草愛やし美

滝沢朱音さま、しっかりと朱音さんの思いやりを受け止めています。

私はこれからどうなるのか……全く自身がないです。

それでも、今まで少しでも書いてきた事実がある限り

何とか頑張らなくてはと思っています。

お世話になった時空モノガタリさまに投稿という形で

100回目のコンテストのお祝いをしたいと思いました。

ありがとうございます。今後もマイペースですが頑張ろうと思います。

16/02/05 やっちゃん

草愛やし美様
拝読しました。

何とも言えない素敵な風を感じました。
「私は太宰を捨て女を拾った。」
最後の言葉に凄くインパクトがあり小説の上手さはここにあるのだなあと思いました。

16/02/05 たま

草藍さま、拝読しました♪

草藍さんの願望?を垣間見る思いですが、後半の流れはとても爽やかでした。これで良いお話だと思います。
太宰は好きですが、文学青年、または少女の麻疹みたいなものかもしれません。太宰を踏み台に己を越えてゆくことが、師への弔いとなります。ぼくはそう考えています。

書けないときは充電期間と割り切って、がんばりたいですね♪

16/02/05 たま

追伸、ミスプリントです。

これで良いお話だと思います。→これは良いお話だと思います。に訂正します。

16/02/05 冬垣ひなた

草藍やし美さん、拝読しました。

死との境界で、破滅的な文学の灯が女を救う姿に胸を締め付けられました。
「私は太宰を捨て女を拾った」、力強い作品で深く感動しました。
人生の最後に本しか残らないというのは寂しいです、
こんな風に師を乗り越えられたらと思います。

草藍さんのお話が大好きです、暖かく素晴らしいお話をありがとうございました。

16/02/08 石蕗亮

草愛さん
拝読いたしました。
選択と葛藤の描写が響きました。
葛藤に見られる人間芸術、これこそが純文学だと思わされました。

私は冬が来ないとなかなか書けません。
日照時間が短く暗い時間が長く寒くて一人が寂しくならないとなかなか創作意欲が形に起こりません。
書けない間はそんな自分をぎゅうっと抱きしめています。
それが冬が来ると、そろそろ離せよと起き始めるのです。
書きたい自分と書けない自分は別人だと思っています。
でもどちらも大事な本当の自分なので流れに任せています。

次の作品もゆっくりと楽しみに待っています(^^)

16/02/11 クナリ

人があるからこそ文学あり。
人と文学の関係性を描いてこそ表現されるものを表すのも文学ですね。
奥深く、面白かったです。

16/02/12 光石七

拝読しました。
これでよいのか悪いのかわからなくとも、暖かさを感じているなら、きっとそれは間違ったことではないと思います。
本を破って灯した火が、主人公の苦悩と呪縛を昇華していくように感じられました。
素敵なお話をありがとうございます!

16/02/16 そらの珊瑚

草藍やし美さん、拝読しました。

生きるということの前には、本だとて紙となる。
けれど紙となり、ふたりの人生を本当の意味で助けた本は、
満足しているのではないかと思いました。

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