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三条杏樹さん

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一期一会

16/01/27 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:2件 三条杏樹 閲覧数:1384

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負けた、という気持ちは言葉では表せないほど苦い。そのときの態度で人間の器が分かるのだと、昔の漫画では言っていた。
だけど俺は、自分を負かした相手を賞賛する気も、ましてや敬意を払う気持ちも持ち合わせない子どもだった。一度でも試合に負けると、自分の今までの努力がすべて水泡に帰す気がしていた。
そんな、中学生だった。
六歳の頃からやっていた剣道を、それ以外にできることもないからと中学まで続けていた。親に言われて嫌々やっていただけの武道。厳しい練習は大嫌いだったが、負けるのはもっと嫌いだった。

ある日、自分よりも剣道歴の浅い格下の相手に負けた。屈辱以外のなにものでもない。俺は、誰よりも長く剣道をやっていたのに。それなのに。
俺と同じ時期に剣道を始めた同級生が、優勝した。俺は、あいつよりも、長くやっているのに。どうして負けたんだ。どうして追い越されたんだ。
決勝で、負けた相手が優勝者に一礼をして一歩下がった。
どうしてそんなことができるんだ。俺なら、そんな冷静にはなれない。自分を負かした相手に礼なんてできない。唾でも吐いてやりたいくらいだ。

その頃から剣道を嫌いになった。どんなに練習しても、俺よりも下級の奴に負ける。
心が荒れて、竹刀を床に叩きつけて道着を脱ぎ散らかして、殴りつけるように面を置いた。家に帰るなり両親にあたり散らし、部屋にこもって世の中を呪った。俺を勝たせてくれない世の中に。

だけど、本当は分かっていた。自分の愚かさ拙さを。それを自覚して直そうとするには、まだ俺は幼い。何が悲しいのか、それとも悔しいのか。涙が流れた。声が漏れないように、腕にまぶたを押し付けて、ひたすら泣いた。

ふいに、部屋の扉を叩く音がした。ノックが聞こえると誰かが入ってくる合図だ。俺は身構えて、家族の誰が現れるかを待った。
誰も入ってこない。代わりに、細ぼそとした声が聞こえる。
「負けて悔しいんは、みんなおんなじや」
祖父だった。訛りの抜けぬ言葉を、静かに話している。
「まだ若いんやし、わからんのも当たり前やけど・・・」
俺はゆっくり体を扉に近づけて、耳を澄ました。
足腰の悪い祖父が、二階の自分の部屋までのぼってきたことに驚いた。
「一期一会って、言葉、知っとるけ。あれはな、お茶の言葉でな」

何を言い出すかと思えば。慰めるでもなく叱るでもなく、そんなことを言いにきたのかと呆れたところに、祖父が一際低い声で言った。
「すべての出会いを、一生に一度しか会えん人として、礼を尽くしてもてなせっちゅうお言葉でな。今までの出会いはな、一生に一度の出会いやねん。やから、誠心誠意、心を込めて向かい合わなあかん」

ずっしりと、腹に落ちるような声だった。知らず知らず、聞き入っていた。

「お前は、どうやった。今まで出会った人たちに、礼儀と尊敬を持って竹刀向けとったか?」
心臓がずきりと痛んだ。俺が向かい合ってきた相手たち。格下の相手だと舐めてかかって、見下して、負けて、悪態をついて・・・。

「お前が負けてるんと思うんは、試合の勝ち負けだけやのうて、勝った人たちと、他の負けた人たちの態度が自分と違うからやないんか」
俺の冷えた指先が、扉に向かった。ドアノブに手をかけ、そこで止まった。祖父が息を吐きながら、ゆっくりと階段を下っていく。危なっかしい足取りなのが、扉越しでもわかるほどだった。
部屋のドアを開けると、緑茶の入った湯呑がひとつだけ置いてあった。湯気が立ち、ぽつんと置かれたその暖かさに、俺は膝をついた。

剣道は、心を磨き、身体を練り鍛え、礼儀の精神に伴って技術を習得するものである。
俺は突然恥ずかしくなり、とめどなく流れる後悔と涙を噛み締めた。
そして、淡い湯気の立つ湯呑へ、深く座礼をした。


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このストーリーに関するコメント

16/01/30 ヤマザキ

拝読しました。
幼いころから努力してきた自分の土俵での敗北。主人公が感じた屈辱の程がよく伝わってきました。
それに対して暖かくも厳しい言葉をかける祖父も、人生経験が豊富だからこその重みがあるなあと思いました。
全体的に人物描写が素晴らしい作品で大変面白かったです。

16/01/30 てんとう虫

読み応えあり心しみました。祖父さまの話は人生先輩らしい言葉の重みとやさしさがお茶こめられて緑茶おいしさ思い浮かべました。味あるは話よかったです。

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