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Fujikiさん

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茉莉子、さんぴん茶、僕

16/01/19 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:1063

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 茉莉子の汗は、さんぴん茶の香りがした。もちろん茉莉子はさんぴん茶に使われている茉莉花にちなんだ仮名だし、汗のにおいから安直に名前を付けられるなんて本人にしてみれば心外かもしれない。それでも、彼女の汗のにおいが一番印象に残っているんだからこれはどうしようもない。今は付き合っていないから本名を使うわけにもいかないし。
 それに本人にも少しは責任がある。僕の記憶にある限り、茉莉子は常にペットボトルのさんぴん茶を手にしていた。黄色いラベルに包まれた金色に輝くお茶。僕の中でそれはもはや彼女と切っても切り離せない存在だった。たぶん体内に吸収されたさんぴん茶は全身の血管をめぐり、汗に混じってにじみ出ていたのだろう。さんぴん茶を口に含んだ時に広がるジャスミンの花の強烈な甘い香りは、いつも瞬時に茉莉子を脳裏に呼び起こした。
 あの頃の僕の使命は、茉莉子に制汗剤を使わせないようにすることだった。体育の授業の後になると、制汗スプレーのガスが教室中に充満して呼吸すらできないくらいである。誰もが自意識過剰になって自分の体臭を消し去ることに必死になっていたけれど、さいわい茉莉子は自分の体からさんぴん茶の匂いが発せられていることにまったく気づいていなかった。
「8×4のにおいって、きつくて目が回りそうだよね」などと僕が言うと、茉莉子は素直にうなずいた。女性的な身づくろいにもまったく無頓着で、化粧をしているのを見たことがない。腕のうぶ毛は未処理のままそよ風になびいていた。
 茉莉子のにおいを嗅ぐ時は、背後から脇に慎重に鼻を近づけてそっと息を吸い込んだ。僕と彼女は15センチほど身長差があったから、混雑したバスの中でつり革につかまっているところを狙ったり、首に抱きつくふりをしながら腕の付け根に顔を埋めたりするなんて芸当はちょっと難しい。ましてや服を脱がせてストレートに「嗅がせてください」と頼み込むことなどできるはずもない。付き合っているとは言っても僕たちはそういう肉体的な関係ではなかったし、もし体臭を嗅がせろなんて言ったら茉莉子は自分のにおいを意識するようになって制汗剤を使い始めるに決まっていた。知恵の果実を食べる前の、裸でいることをまったく恥ずかしく思わないエデンの園のイヴのように、彼女には無自覚なままでいてほしい。僕はそう思っていた。
 どういうきっかけで行くことになったのかは忘れてしまったが、雨上がりの日曜日に僕たちは植物園でデートをした。ブーゲンビリアの赤い花弁の上にはまだ雨露が残っており、濡れたジャスミンからはむせるような芳香が立っていた。茉莉子がペットボトルのさんぴん茶と一緒にアップルパイを持参していたので、ガゼボの屋根の下で二人で食べた。天気の悪い日が続いていたためか僕たちの他に客の姿はない。聞こえてくるのは、虫の音と木の葉が風に揺れて擦れ合うかすかな音ばかりだった。会話が途絶えた時、隣に座っていた茉莉子がぽつりと言った。
「ねえ、キスしない?」
 彼女の方に顔を向けるやいなや、いきなり顔が覆いかぶさってきた。唇を重ねたことは既に何度かあったが、その時のキスはこれまでとはまったく違っていた。茉莉子は僕の口に食らいつくように吸いつき、歯の間から舌を押し入れてきた。アップルパイに入っていたリンゴの甘酸っぱい味がした。
 茉莉子が求めていたのは明らかに普段の口づけ以上のものだった。からみついてくる濡れた舌は人目に隠れて唇を触れ合わせるだけの親愛のキスや日曜日のデートをままごととして一蹴し、熱く火照って僕の舌を焦がした。それと同時に、彼女の右手が下の方に伸びていって僕のズボンの留め金を外し、チャックを下ろしたのが分かった。細い指先がトランクスの内側に入ってきて、茂みを激しくかき乱した。彼女が発するジャスミンの匂いが僕の全身にまとわりついた。彼女はもはやエデンの園のイヴではなく、肉を欲する獣だった。
 僕は思わず後ろに飛びのいて言った。
「何すんだよ! くっついてくるな、ワキガ女!」
 のけぞった勢いでペットボトルが倒れて中身がこぼれ出た。僕は汚れたズボンを手で押さえながら、目を丸くする茉莉子を残してその場を去った。
 言うまでもないことだけど、後日いくら謝っても彼女は二度と僕と口をきいてくれなかった。反射的に茉莉子を拒絶してしまった僕は、彼女よりも未熟で臆病だったのかもしれない。茉莉子のとった行動は交際中の男女の成り行きとして当然のものである。どう見ても僕の対応のほうが身勝手だった。
 教室や廊下ですれ違う茉莉子からは制汗剤のにおいしかしなくなり、腕にも剃刀があてられるようになった。大人びた後ろ姿は、彼女の関心の範疇から僕が完全に外れてしまったことを物語っていた。今では僕を憶えてすらいないだろうが、僕はまださんぴん茶を飲むと苦い後味が残る気がした。


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このストーリーに関するコメント

16/01/23 クナリ

個性的な登場人物が魅力的でした。
最後が急いでまとめられたように見られたので、もっと詳しく心情や状況の描写を読んでみたかったです。

16/01/23 Fujiki

クナリさん、コメントありがとうございます。いわゆる「においフェチ」を扱ってみました。
次は心情に重点を置いた話を書くことにしますね。

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