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笛地静恵さん

SM小説家。妄想家。言葉遊び師。 三和出版『女神の愛』「女神帝國盛衰記」連載中 他

性別 男性
将来の夢 歌集、句集をだすこと。
座右の銘 永遠の未完成、これ完成(宮沢賢治)

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渋い茶・・・草壁メイさんの話

16/01/18 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:0件 笛地静恵 閲覧数:822

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 草壁メイさんとふたりで、旅をすることになった。
 ぼくは、いちおうはこまった顔を作った。しかし、内心はうれしかった。
 民話の「採集」という活動をしている。大学の《昔話研究会》。「語り部」と呼ぶ人たちから、民話や昔話を聞いて録音をとる。
 日本の貴重な文化遺産だ。急速に失われつつある。「語り部」が、高齢化しているからだ。 
 旅費などは、バイトをして貯める。主に夏休みなどを活用する。
 問題は、「語り部」がいるところにたどり着くまでに、時間がかかるということだ。今回は、汽車で半日の旅である。
 草壁メイさんは、ぼくの前に座っている。ボックス席の窓ぎわ。目に力がある。新入生である。民話や昔話に詳しい。頭の回転が速い。
「あたしは、不思議なものは、まだこの国に生きていると、信じています」
 そう言い切った。豊富な知識がある。それでいて、妙に天然のところがあった。
 たとえば、民俗学者の折口信夫(おりくちしのぶ)の名前を、オクチノシブリ先生とか、勝手に言いかえる。
 自分の意見を自分のことばで、一直線に話し続ける。熱意のある姿勢に好感がもてた。ぼくは聞き役に徹した。横顔の線がきれいだった。二人で氷ミカンを食べた。
 本来は、女子学生二人旅の予定だったのだ。が、予定していた草壁さんの相手が、急に来られなくなってしまった。交通事故にまきこまれたそうだ。四年生のぼくだけが、からだが空いていた。
 草壁さんは、ひとりでもだいじょうぶだと、言いはった。が、これはサークルの規則だ。単独行動はさせられない。夜間に個人のお宅を訪問することになるからだ。個人ではなくて、二人一組で行動する。
 今回の「語り部」は、草壁さん自身が見つけてきた人だ。
 駅の近くの旅館に入った。もう夕方だった。夕食をとった。宿の自転車を二台借りた。「語り部」の家は、村のはずれである。かなりの距離があった。指定された時間は、夜の十時。それぐらいにならないと、からだがあかないという。
 はじめての夜道。ことさらに遠く感じる。犬の遠吠えが聞こえる。心細い。が、草壁さんは平気だった。むしろ、楽しみでならないという風だった。
 ようやく目的地についた。野中の一軒家。雰囲気があった。古風な臭いに、何か獣の臭気のようなものが、交じっていた。動物でも、飼っているのだろうか。しかし、そうでもなさそうだった。  
 応対に出たのは、気むずかしい顔をした老人だった。
「わしのところに来ることは、だれにも話しておらんだろうな」
 念をおされた。
「はい。約束は、お守りします」
 草壁さんは、そう断言した。
「一人で、来るということだったが」
 苦虫をかみつぶしたような顔というのは、こういうのを言うのだろう。ぼくは、やってみたことはないが。
「この人が、ついてきちゃったんです」
 自分が、悪者にされてしまった。
「どうも、すみません」
 話の流れからして、頭をさげてあやまらなければならなかった。
「まあいい。入りなさい」
 老人は、何もない道の左右に目をやった。中から三重の鍵をかけた。ぼくたちがいるのに。何かを警戒しているようだった。
 家の中は、裸電球がついているのに暗かった。奥の部屋に通された。話を聴いている間に、ぼくは眠くなってきた。録音はしているが、メモは取らなければならない。編集作業のときに必要になる。
 黄色い茶が出た。こっちが飲むのを見ている。渋かったが飲み干した。ここで気分を害すると、話してくれないことがある。
 老人の声は、小さくてしわがれ取りにくい。耳を澄ました。カセットのテープ・レコーダーが回転している。
 とろとろとろとろ。
 「語り部」が、まびきの話をつぶやいている。その声が、微妙に気持ち悪い。
 ことろことろことろことろ。
 からだが動かない。金しばりか。
 草壁さんが、不意に鋭い声を出した。
「ととろ!」
 そう聞こえた。ちがうかもしれない。こっくりこっくりしていたから。
風が吹いた。がたがた。古い木造の一件家がゆさぶられた。古い梁ごと震えた。
 Gaoooo!
 なにかが吠えた。
 けんけ〜ん。
 犬にかまれたきつねが逃げていく。そんな悲しい声がした。家を取り巻いていた黒い気配が、消えた。黒い霧が吹きはらわれたようだ。
 天井の裸電球の光りまでが、明るくなっていた。気むずかしい顔をしていた老人も、きょとんとした顔をしている。つきものがおちたようだ。
 その家を辞した。自転車をならべて夜道を帰った。次の「採集」はどこに行くか。自然に相談していた。二人の息があった。森の木が揺れる。月が明るい。風は吹いていない。影が月の表面をよぎっていった。ふくろうのような大きな影だった。


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