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ツチフルさん

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初恋の後始末

16/01/18 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:0件 ツチフル 閲覧数:876

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 ノコ先輩は今年で二十七歳。何とかという大手に勤めるエリートさん。
 仕事が生き甲斐とか言って、せっかく美人なのにお化粧もお洒落も興味がない。化粧後こそが素顔の私に言わせれば、超宝の持ち腐れ。
 そんなノコ先輩の持論は「恋愛は錯覚」。
 私が男を作る度に顔をしかめて言う。
「時間の無駄よ」
「でも楽しいっすよ。ノコ先輩も恋愛すればわかります」 
「そんな暇があれば次の企画を考えるわ」
「せめて化粧くらいしましょうよ」
「興味ない。つきあいで買った口紅も使わないし」
「教えるっす」
「結構よ」
 いつもこんな感じ。
 だから、ノコ先輩は色恋とは無縁の人生を送ると思ってた。
 
 様子が変わったのは、休日に図書館通いをするようになってから。
 休日はルームシェアという名の居候をしている私が起こさないと起きてこなかったのに、最近は早起きで朝からそわそわしていて、図書館が開く時間になるとウキウキ出かけていく。
「図書館ってそんな楽しいすか?」
「…まあ」
 ノコ先輩は曖昧に頷く。
「じゃあ、今度一緒します」
「駄目!」
「え?」
「あ…えっと。美歩には合わないから」
「どういう意味っすか」
 強引について行こうとしたら本気で拒否された。
 私はだから、仕方なく、後をつけることにした。

 図書館には幾つかの読書机があって、ノコ先輩はその一つにいた。私は二つ離れた席に座る。
 本をめくる音。空調の音。足音。
 確かに私には合わない雰囲気。ノコ先輩は正しかった。
 でも、そのノコ先輩も落ち着きがない。そもそも、本を読んでない。読むふりをして斜め前の席を、というか人を、チラチラ見てる。
 第一印象、好青年。多分、年下。それと眼鏡。
 なるほど…。
 思わず口がニヤけてしまう。
 好青年は真剣に読書中。ノコ先輩は気づかれないよう好青年をチラチラ見て、私は気づいてほしくてノコ先輩をジロジロ見る。
 しばらくして、好青年が本を戻しに席を立った。私はノコ先輩に視線を送り続ける。
 好青年がいなくなって気が抜けたのか、ノコ先輩はイスにもたれて周りをぼんやり見ていた。
 その視線が凍りつく。
 私のニヤけ顔を見て。

「しちゃったすね。錯覚」
 連れ出された喫茶店で、先に口を開いたのは私だった。
「きっかけは?」
「言わない。笑うから」
「笑いません」
「……」
 ため息一つ。紅茶を一口。
「本を取ってくれたの」
「本?」
「背伸びする私の後ろから手を伸ばして、これですかって」
「ああ、なるほど。それから?」
「それからよ」 
「――えっ? それだけ? それで、え、惚れたんすか?」
 俯いて顔を赤らめるノコ先輩は、それはもう愛らしかったけど。
「うわぁ」
「何よ」
「…何か、大昔の少女漫画みたいっすね。さすが恋愛初心者」
「ぶん殴るわよ」
「で、いつ告るんすか」
「コクル?」
「告白っす」
「言わないわよ」
「何で?」
「恋愛は錯覚。すぐ冷めるわ」
「つまり、告る勇気がないと」
 ノコ先輩が睨む。でも、言う。
「恋はちゃんとケリつけるべきっす。でないと、ずっと引きずりますよ」
「……」
「どうします?」
 ノコ先輩はイスにもたれて、ため息をつく。
「どうせ振られるわ」
「そっすね」
「ほんとぶん殴るわよ」
「いいっすよ。告って振られたら」
「何でそこまで告白させたがるのよ」
「せっかく恋したんだから、ちゃんと恋しろってことっす」
「…バカじゃないの」
 紅茶を飲み干してノコ先輩が立ち上がる。
 それから、私を睨んで言った。
「本気で殴るからね」
 

「恋なんて錯覚よ!」
 六杯目のワインを飲み干してノコ先輩が叫ぶ。
「一目惚れなんて愚の骨頂!」
「いやあ、名前も知らないとは思わなかったっす」
「知ってるわよ。市村誠さん」
「振られてから知っても」
「もう一つ知ってるわ」
「何すか」
「結婚式は来月の七日よ」
「乾杯!」
「完敗よ!」
 七杯目をつぐ。
「でも、可愛かったな。恋するノコ先輩」
「うるさい」
「これからが本番っすよ。お化粧して、お洒落して、再戦っす」
「再戦?」
「そうっす」
 ノコ先輩が立ち上がる。そのまま自分の部屋へ向い――すぐ戻ってきた。
「美歩」
「はい」
「あなた、私が振られたら殴っていいって言ったわよね」
「…あ、覚えてましたか」
「覚悟はいい?」
 いいわけがない。けど。
 焚きつけたのは私だ。後始末はちゃんとしよう。
 ノコ先輩の、初恋の後始末。
「どうぞ」
 私が頷く。ノコ先輩が拳を突き出す。強烈な一撃は、でも、目の前で止まる。
「…再戦するわ」
 ノコ先輩の開いた右手には、一本の口紅。
「まずは口紅の引き方からね」
「違うっすよ」
 私は首を振る。それから怪訝そうなノコ先輩を見て――
「まずは口紅の選び方からっす」


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