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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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茶と菓子パンで生きていた

16/01/18 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1231

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 お茶と言うか、お茶と菓子パンの話である。
 小生、人並みにお茶が好きだ。同好の士も多いのではないかと予想する。
 反して、何だかもう最近は健康の反対語みたいな悪者扱いを受けているのが、菓子パンである。
 しかし、個人的には「マジ菓子パンて悪だよね!」という立場にはなれずにいる。
 なぜかと言えば、小生はかつて、菓子パンとお茶に心を救われていたからである。

 小生が高校から大学生の時分、母親が病気で長期入院することになった。
 煩雑になるので詳細は省くが、この時父親が突然、
「今日から食事は各自で用意せよ。ただし末娘はまだ若輩ゆえ父が食わせる」
と言い出す。
 色々事情はあってのことなのだが、詳細を省いたせいで我ながら今考えると「はあ」以外の感想が出て来ない。
 当時母親の世話と家事のためにアルバイトも辞めており、小生、収入のあてがなかった。
 なお当家は三人兄弟なのだが、姉は既に勘当状態で、この新ルールで窮地に立つのは小生ばかりである。
 その中で、甘く、安く、適当に腹も膨れる菓子パンは、小生の食生活に彩りを与えるご馳走であった。
 同時に、香りの良い飲み物は、空き気味の胃袋を和ませ心を潤す安らぎであった。
 なお、当時の主食は「学校の購買でタダでくれるパンの耳」である。

 そんな頃、ある冬の日に、父が夕食にすき焼きを企画した。
 居間には鉄鍋が置かれ、牛脂と醤油と砂糖の大阪風すき焼きの香りが立ち込める。
 準備もできた頃、妹が帰宅した。
 妹は玄関を開けるなりその香りを胸一杯に吸い込み、「いい匂い!」と目を輝かせた。
 しかしその輝いた目に映ったのは、寒い廊下で生の人参(皮とかそのまま)をボリボリとかじる兄の姿であった。
 妹は、
「何でお父さんはすき焼きやってて、お兄ちゃんは廊下で人参食べてるの…!」
と絶句した。
 この当時、さすがに野菜も摂らねばならぬと、小生は賢く悟っていた。百五十円で三本入りの人参を朝昼晩一本ずつかじればヘルシーで安上がり、光熱費もかからぬ。小生、賢い。
 小生、察しの悪い妹に、「もう忘れたのか」と我が家に課された自腹ルールを再度説明し、この人参食がいかに合理的なものであるかを揚揚と説いた。
 皮もむかないのは、ゴミも出ないし、皮と身の間の栄養的なことで多分体にも良いからだよ…と、なぜか震えている妹に優しく説明した。小生、賢く狂っていた。
 妹に「スティック状に切っていない人参は意外に芯が硬い、食べる時は気をつけろよ」と告げて、小生は颯爽と自室に戻った。
 道中、底冷えする廊下が、足裏に冷たかった。
「明日は朝一番で、コンビニで菓子パンを買おう。チョココロネだ。チョココロネなら、すき焼きに勝るとも劣らぬ。いやまて、王道過ぎるが、あんぱんも捨てがたいぞ。どちらにするか……フフフ、明日が待ち遠しいわい」
と、勝者の笑みを浮かべながら、小生、人参を完食した。
 なお、二人が食べ終えたすき焼きの鍋は小生が洗った。チョココロネのことを思えば、苦ではなかった。それくらい、小生は菓子パンに心を救われていた。
 当時の小生は、菓子パンを食べる際に必ずお茶を淹れた。
 恥ずかしながら、小生、お茶を淹れるのが得意である。湯の温度や量を調節して、初見でも安くてもどんな葉でも、それなり以上の味を引き出す自信がある。文章を書くよりよほど得意なのである。
 口の中の菓子パンの油脂分が、香り高いお茶に洗われる様は爽快の一言である。また、出がらしにも、熱湯で淹れた黄色いお茶にも、独特の味わいがあってあれはあれで良い。お茶は凄い。
 当時父が良い葉を仕入れており、小生、お茶っ葉は家のものを自由に使うことが許されていたため、そういう意味では贅沢をしていた。
 チープな菓子パンが胃袋を満たし、高級な茶が喉を潤し、その二つが心を救ってくれていた。
 今考えれば、我ながら変った価値観だったと思うのだが、別に当時をみじめには思わない。
 ただ、妹は「今でもあのすき焼きの日の光景が忘れられない」と言っている。

 そう言えば小生、上述の通りお茶と菓子パンには心を救われたが、眼鏡には命を救われたことがある。
 紙数がないので詳細は省くが(またかよ)、そんな諸々に感謝しつつ、今日も眼鏡をかけながら、菓子パンを片手にお茶をすする。
 あんぱんなら、つぶあんでもこしあんでも構わない。小生、あんこを差別しない。
 しかし、大学生の時に「あんこって何に乗せたら一番美味しいのかねえ」と言う話が出た際、躊躇なく
「あんこです」
と答えたガチ甘党の後輩には、今も敗北感で一杯である。
 彼の砂糖まみれの舌を、小生の茶で洗ってやりたいものである。

 なおこの文章はフィクションであり、実在の人物・お茶・菓子パン・人参・眼鏡とは、そんなには関係ありません。


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このストーリーに関するコメント

16/01/18 梨香

あんこにはあんこ! 凄い甘党ですね。お茶で舌を洗いたくなる! わかります

16/01/18 霜月秋介

クナリさん、拝読しました!

さきほどラーメンを食べたばかりで、甘いものを欲しているところにこの掌編!あんばん食べたくなりましたよ。甘い菓子パンには渋いお茶ですよね!同感です。

16/01/19 泉 鳴巳

拝読しました。
エッセイのようでいてフィクションなのですよ……ね?
「せ、せめて居間に入れてあげて……!」と震えながら思いました。
チョイ出しされた眼鏡のエピソードが気になって仕方ありません。

16/01/19 クナリ

梨香さん>
ありがとうございます。
恐ろしい発想でした。
いまだに、あれを超える甘党系の名言に出会えません…(^^;)。

霜月 秋介さん>
ありがとうございます。
ああラーメン良いですよねえ、甘いものと交互に食べたら無限に食べてしまいますね…(そんなことはない)。
菓子パンとお茶が、これまた魔性でして…。

泉 鳴巳さん>
やですねえ、フィクションに決まっているではありませんかええまあええ。
そんな妹も先日母親になり、しみじみとすき焼きの頃のことを思い出しては「アレたぶん死ぬまで忘れないと思う…」と申しておりましたええ。
眼鏡には本当に危ないところを救ってもらって、もし自分がコンタクトをしていれば、五体満足でここにはいません。
今思い出しても、ぞっとします。価値観とか嗜好とかではなく、肉体的な欠損の危機を救ってもらったのです。
なのでいまだに、コンタクトにする気になれません…。

16/02/20 つつい つつ

深刻な家庭の事情と菓子パンへの情熱の温度差がおもしろかったです。
僕も何年も昼ご飯は数種類の菓子パンをルーティンしてます。って、朝も菓子パンだった。菓子パンにお世話になりすぎている(笑)

16/02/22 光石七

私は安い食パンを買って毎食一枚ずつマーガリンと砂糖をべったり塗って食べていた時期がありますが、境遇といい、若干狂気気味な菓子パンへの情熱といい、上を行ってますね……
お茶の淹れ方がお上手なんですね。安い茶葉でも美味しく淹れるコツ、ぜひ教えていただきたいです。
味わい深いお話でした。

16/02/24 クナリ

つつい つつさん>
菓子パンはなかなかやめられないですよね…。
小学校くらいからこっち、手の届く範囲で買えるごちそうだったころの記憶がまだ後を引いているような気がします。
食事全体のバランスを取るように努めれば少しくらい…と思ってしまいます(^^;)。

光石七さん>
もう、菓子パンだけが心の救い、菓子パンは自分を裏切らない、という信頼がありますね、この主人公には。ええ、フィクションですが(言い張る)。
お茶の入れ方についてはコツというのもえらそうなのですが、水やお湯の温度、手順、注ぎ方などで意外と味が変わるんだなーと昔から知る機会が多く、イコールそれだけまずいお茶も入れてきたということでもありますね(^^;)。

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