W・アーム・スープレックスさん

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達人

12/08/20 コンテスト(テーマ):第十三回 時空モノガタリ文学賞【 格闘技 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2294

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その道場は、静かな住宅地にあった。
 プレハブ造りの建物で、玄関の看板には『鉄心道場』と読みとれた。
 稲富耕介がたずねもとめてきた氷上ひかみ鉄心がここで門人たちに格闘技を教えていた。
 稲富じしん格闘家で、空手、拳法、柔道、合気術、それぞれ段位をもち、腕を磨くためにつねに他流の道場をたずねて師範代、また道場主に試合を挑んでは連戦連勝をかさねていた。そんな彼だから、これはという格闘家の噂をきくと、その人物のもとへかけつけて、試合を臨まずにはいられなかった。
 氷上鉄心のことを、人は達人と呼んだ。おそらくこの地上に、彼に勝る者は皆無だろうとさえ。それを聞くなり耕介は電車にとびのってきょう、この道場にとんできたというわけだった。
「鉄心先生は、おられるでしょうか」
 道場の玄関にあらわれた、道着姿の男に耕介たずねた。
「ただいま門人に稽古をつけておられます」
「稲富といいます。見学させていただいても、いいでしょうか」
「どうぞ」
 稲富ときいて、相手の顔色が変った。耕介の道場破りの話は、ここにも鳴り響いているようだった。
 板の間の道場内には、50名近い門人の姿が認められた。
 かれらは一列に並び、一人一人、まえにいる鉄心とおぼしき人物に向ってゆく。鉄心の第一印象は、小柄な老人という印象だった。向ってくる門人を、左に右に、面白いように投げ分けている。投げられたかれらは、派手に宙に舞上がり、床に叩きつけられる。
 鉄心はほとんど力をいれていなかった。門人たちのほうから投げられているようにさえみえる。まだ触れてもいないのに、空中に飛ぶものさえいた。
「右、左、ほら一回転だ、壁際までうまくとべ」
 鉄心の口からそんな言葉が聞こえてくる。はたして、彼の言葉どおりに門人たちが投げられているのがわかった。
 こいつはとんでもないインチキ野郎かもしれない。
 耕介がそんな疑惑にとらわれたそのとき、まただれかが道場内にはいってきた。
 屈強な大男で、最初から道着をきている。がその道着は、ここの門人たちのものとはちがった。
「千手拳五段、諸宮剛です。一手、ご指南お願いします」
 この突然の道場破りの出現は、耕介にとっては願ってもなかった。千手拳は拳法の流派で、目突き、金的蹴り、なんでもこいの荒っぽいスタイルから、ストリートファイト目的に習うものが多いので有名だった。その五段といえば、師範代クラスの猛者であることはまちがいなかった。鉄心の実力をおしはかるのに、もってこいの対戦相手だった。
 両者は道場中央で向いあった。すると、またしても鉄心が男になにごとかをつぶやきかけた。―――後ろにもんどりうって倒れるんだ―――
 たがいに一礼をかわすと同時に、五段はすさまじい気合を発しながら突進した。目にもとまらぬ上段突きが、鉄心の顔面を打ち抜いたと思った瞬間、彼の体はゴム毬のように、はるか後方にはじきとばされていた。ながいあいだおきあがられずにいた男は、門人たちに助けられてようやく、ふらつきながらたちあがった。
「おそれいりました。とても私ごときにかなう先生ではございません」
 すごすごと退場していく彼の背を、ますます疑りぶかげな目で見送る耕介のほうを、ふいに鉄心はうかがうと、これでわかっただろうという顔つきをみせて、ぷいと奥へ消えて行った。結局、試合を申し出るタイミングを、耕介は逃してしまった。

 道場から、稽古を終えた鉄心の小柄な影がでてくるのがみえた。耕介はそっと、彼のあとをつけはじめた。
 道場で見聞きしたできごとが、まだ耕介を迷わせていた。あの道場破りが、鉄心の言葉どおりの振舞いを演じるのをみては、それもむりなかった。あいつはおれに道場破りを思いとどまらせるためのサクラじゃなかったのか。
 鉄心が本物の達人かどうか、見極める手段は一つしかなかった。彼は拳を固めるなり、まえをゆく鉄心に向ってまっしぐらにかけだした。耕介が裂帛の気合を放って攻撃をしかけようとしたそのとき、鉄心がくるりとふりかえった。
「まった」
 その声に、耕介はたたらを踏んでたちどまった。突き出した腕は反射的に引っ込めた。
「すまないが、もういちど、殴りかかってきてくれないか」
「はあ?」
「きみの拳がわたしの体にあたる寸前、きみは大きく、そうだな、あそこの草むらにふっとぶんだ」
 まるで、やらせの相手にうちあわせするような調子の鉄心を、ぽけっとして耕介はながめた。だが、ふしぎとからだは、彼から数歩離れて、一定の間隔をとった。さらにおどろいたことに、耕介はふたたび、鉄心にむかって走りだしている自分を知った。
 そして耕介の狙いさだめた突きがいままさに鉄心の顔をとらえようとした寸前、彼の体は草むらの上に、そんなつもりもないのになぜか、自分からころがりこんでいた。






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