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前田沙耶子さん

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下巻を読む男

16/01/15 コンテスト(テーマ):第100回 時空モノガタリ文学賞 【 純文学 】 コメント:1件 前田沙耶子 閲覧数:1285

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僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。飛行機はハンブルク空港に向かっている。ドイツは初めてだ。やれやれ、土産は何にしようかと僕は思った。
春樹を読むのは初めてだった。海外出張のため何時間も飛行機に乗らなくてはならないがこれと言ってやるべき仕事もなかったので、その時間を読書と睡眠に費やそうと考えていたのだが、そのために買っておいた本を自宅に忘れてきてしまったのだ。村上龍の『半島を出よ』である。困った僕は空港の本屋に駆け込み、同じ村上だし同じ上下巻だし、という安直な理由で『ノルウェイの森』の文庫版を購入したのだった。
『ノルウェイの森』は開くといきなり第六章で、さすが噂の春樹だ、と妙に感心した。そういえば村上春樹はホットケーキにコーラをかけて食べるという噂を聞いたことがある。実にエキセントリック。物語は主人公の男が療養所のような所にいる場面から始まった。ふむふむと読み進めていたのだが、レイコという女性がいきなり13歳の女の子に犯されたことを告白するという展開に、これはおかしいぞ、と思い始めた。嫌な予感。表紙を見てるとそこには予想通り『ノルウェイの森 下』の文字。落胆した。本棚の並びを信じてろくに確認もしなかった自分を恨む 。大体上下巻の小説なら普通、左に上巻、右に下巻を置くべきだろう!
……と憤っていても仕方がない。時間はまだたっぷりあるが、今眠る訳にはいかない。僕には昼寝ると夜眠れないという小学生のような癖がある。あくまでも仕事で来ているのだから、飛行機の中であっても社会人として規則正しく過ごすべきだ。……だがこの時間、どう潰すか?困った僕はとりあえず下巻に再チャレンジしたが、やはり話が繋がらない。というか文体が少し苦手で、集中して読むことができない。
とりあえずわかったのはレイコと直子という女がどこかにある療養所のような場所に住んでいて、東京で一人暮らしている主人公は直子と遠距離恋愛をしながら、大学の同期こ緑という可愛くてエロい女ともキスやら何やらしているということ。ちなみに緑にも恋人がいる。そして直子が死んでしまい、主人公は訪ねてきたレイコとセックスし、最終的には緑と付き合うことにする。大体こんな話だった。……いやらしい場面ばかりが印象に残るのは男の性というものだ。
ちょっと難解過ぎた。何しろ僕には上巻を読んでいないというハンデがある。そして主人公がなぜこんなにモテるのかがわからなかった。言及はされていないが相当にイケメンなのだろうか。それともその秘訣は上巻で明かされているのだろうか。実に歯痒い。
ただひとつ気に入った点は、ビートルズの曲が多く登場するということだ。タイトル然り。僕はビートルズが結構好きだ、とは言ってもあの有名な赤と青のアルバムを聴いた程度なのだが。ミシェルやペニー・レイン等、好きな曲がたくさん出てきて嬉しくなった。
しかしこの物語の謎は依然として解き明かせない。とりあえず春樹が音楽の素養がある人物だということは伝わったが、まだまだわからないことだらけだ。僕は空想する。
実はこの主人公、少子化を食い止めるためICチップを埋め込まれた高性能ロボットである。元々は人間だったのだが、マッドサイエンティストである父親に改造されてしまったのだ。それを知った恋人・直子は精神を病んでしまい療養所に入所。一方で主人公もそんな父から逃れるため、一人上京するのだった。そんな折魅力的な緑に出会ってしまった主人公は、元々持っている人間としての理性と脳に埋め込まれたICチップからの司令の間で葛藤した末、直子に会いに行く、という所までが上巻の内容だ。
もちろんレイコともセックスしかけるが、彼女のレズ体験を聞いたことでICチップはレイコを対象から外す。それから何やかんやで直子に抜いてもらって東京に戻るも、緑を怒らせ絶縁状態。自分は一体何なのか?自問自答を重ねている間に直子が自殺してしまう。茫然自失となる主人公の元にレイコが訪ねて来て、直子への弔いだと言ってギターでビートルズを弾くーーその瞬間、幼い頃の記憶が蘇る。まだ父がおかしくなる前に好きだったビートルズ。それを聴いたことで完全に人間としての理性を取り戻した主人公は何やかんやでレイコともセックスし、緑と付き合うことに決めるのだった。
なんとも感動的な話ではないか。素晴らしい、傑作だ、『ノルウェイの森』……。

「お客様、お客様」
CAの声で僕は目覚めた。彼女は僕に気分でも悪いのかと尋ねた。大丈夫です、と答えると彼女はにっこりと笑い、ハンブルク空港に到着致しました、と告げた。結局僕は阿呆な空想しながら眠ってしまったようだ。やれやれ、やっとドイツか、と僕は思った。そして、日本に戻り次第『ノルウェイの森 上』を購入することを決意し、飛行機を降りたのだった。


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このストーリーに関するコメント

16/01/19 泉 鳴巳

拝読しました。
「僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。」という出だしにあれっ?となりましたがなるほどそういうお話なのですね。
「さすが噂の春樹だ」や上巻の想像に思わず笑いながら読みました。
この“僕”にはこの言葉を贈りたいです。
「私たちがまともな点は、自分たちがまともじゃないってわかっていることよね」(うろ覚え)

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