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アシタバさん

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金曜日の夜 土曜日の午後

16/01/10 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:0件 アシタバ 閲覧数:827

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 金曜日。仕事が終わり、いつものように彼と待ち合わせをして馴染みのレストランへと食事に訪れた。ふと気がつくとその日の彼はいつもと様子が違った。いささか固い表情で注文したお酒や料理にほとんど手をつけず、残すのは勿体ないな、と思う私をまっすぐ見つめて意を決したようにこう言った。
「ごめん、他に好きな人ができた。俺と別れてくれないか」
 彼は私と別れたいという想いをストレートに伝えてきた。そして、私には非がないことと、全ては自分の身勝手な意志によるものだということを適切にわかりやすく説明し、誠実かつ丁寧に謝罪を述べて、深く美しい角度で頭を下げて私のもとを去っていった。別れ話の一連の流れは実に鮮やかで見事でパーフェクトで文句のつけどころがない、これが金曜日の夜の顛末だった。ただ彼は最後にこう言い残した。
「君はこんな時でも感情を表に出してはくれないんだね」

 土曜日。目を覚ましたのはお昼を過ぎた頃だった。慌てなくても恋人と別れた私に早起きをする予定などもうなかった。洗濯機を回して冷蔵庫にあった残り物で食事を済ませて、さて何をしようかと考え始めた。しかし、30分経ってもいい案は思いつかず、かといって家にもいたくはなかったので取りあえず唯一頭に浮かんだ『近所の公園まで散歩をする』を実行することにした。
 冬真っ只中なので当然しっかりと厚着をしてから近所をのろのろと歩いて公園までやって来た。時刻はまだ午後3時だけれど、すでに太陽は傾きはじめて公園内の木々や遊具を照らす陽の光はどことなくオレンジ色になっていた。木のベンチを見つけて腰をかけると、厚着の上からでも無慈悲な冷たさが伝わってくる。途中自動販売機で買ってきたあたたかい缶コーヒーを飲んでほっと一息をついた。
 腰かけたベンチからさりげなく公園内を見まわすとなかなか賑わっており、小学生らしき子供達がこの寒いなか元気よく鬼ごっこをしていた。自分も昔はよく男の子に混じってあんなふうに遊んでいたものだとしみじみ感慨にふけった。それが今や20代後半、思えば遠くへきたものだ。それは距離ではなく過ぎ去った歳月だ。家族で遊びに来ている人達もいて、小さな子供がお父さんお母さんにピンク色のやわらかそうなボールを投げて無邪気にはしゃいでいた。私ももう子供がいてもおかしくない年齢だ。それが恋人とデートどころか時間を持て余して一人こうして公園で缶コーヒーを飲んでいる、か。
 その缶コーヒーをひと口すすると口のなかにほろ苦い味が広がった。
 金曜日の夜、私の胸には計り知れない量の負の感情が時限爆弾のように仕掛けられた。本日、土曜日にはそれらが盛大に次から次へと爆発して途切れることなく胸から込み上げてきている。この瞬間も耳を傾けると聞こえてきた。彼はどんな人と付き合うの、私はこの悲しみをどうやって癒せばいいの、いつまでこの悲しみを引きずるの、新しい恋に出会えるの、もう一度人を好きになれるの、誰かに教えて欲しい、誰かに助けて欲しい、心のなかは焼け野原だ、神様でも運命でも偶然でもいいから、どうか。
 でも、私は全部無視した。
 悲しい。でも、心の叫びは脳に達する前に全てカットする。涙とか嗚咽とかで、私は弱音を表に出すことはしない。もういい大人だから小さい女の子のように泣いて騒いで誰かに助けてもらうなんて考え方を許されはしないし、助けてと神様に願ってもドラマのような気の利いた展開など用意してもらえない。だから、誰にもこの想いをみっともなくさらけ出すことなどしない。自分自身にさえ弱いと思われたくないから一人の時でも平静を保つようにしている。感情を上手くコントロールする術を身につけて、最後は自分の力で立ちなおるしか道はない。私は強くありたい。失恋の一つや二つで涙なんて絶対に流さない。

 寒いのでもう家に帰ろう。ベンチから離れてコーヒーの缶をゴミ箱に落下させ、そのまま公園を後にしようとした。出口付近で小さな女の子とその父親らしき人とすれ違う。すると、女の子が石畳につまずいて転んでしまった。1秒2秒と経ってから女の子は少しずつ泣き出しそうな顔になってゆく、それでも父親は娘に手を差し伸べはしなかった。女の子はすんでのところで涙をこらえてゆっくりと立ち上がった。きっと何度も転んでそのたびに泣いてきたのだろうが手を差し伸べてはもらえず、泣くのをやめて自分から立ち上がるようになったのだ。私の両親も同じだったからよくわかる。女の子は愛らしくも気丈な顔つきで父親の傍にかけよった。
「痛かったね」
 私にとっては不意に、父親はそう言った。それから、また娘と並んで一緒に歩き出した。立ちつくす私は親子二人の背中を見送ってから、誰かに聞いて欲しい、でも誰にも聞こえないように小さく呟いた。
「痛かったよ」
 私は静かに歩き始めた。


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