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守谷一郎さん

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フィクションを好まない君へ

16/01/10 コンテスト(テーマ):第100回 時空モノガタリ文学賞 【 純文学 】 コメント:4件 守谷一郎 閲覧数:1172

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グッド・バイ株式会社 代表取締役 城之崎直哉 様

 前略
 やあ、直哉君。この前はモニターとしてご招待頂きありがとう。君が開発したVRシステム『Φ(ファイ)』はなかなかに画期的な発明だった。物語に没入するとはまさにこのことを言うのだね。まさか生きている間に、自分が小説の登場人物になれるなんて夢にも思ってなかったよ。
 それもミステリやファンタジーじゃなくて、近現代の純文学に目をつけたところも僕好みだ。娯楽としてはニッチかもしれないが、社会科見学の学生なんかには確実に需要を見いだせると僕は思う。流行り廃れがないというのは商売にはありがたいことだから。漱石を初めとした古き良き文豪たちを敬愛する僕としては、是非ともこの機械でその魅力を世間に実体験してもらいたいところだ。
 さて、前置きが長くなったね。君は『Φ』の開発者のくせに、小説をあまり読まないからこういう無駄話を嫌うかもしれない。さっさと本題に入ろう。一応僕も忙しい身なので書面にて失礼する。
 
 まず、開発者として一番気になっているだろう『Φ』の調子について。
 こいつは何の違和感もなく、僕を世界の一部に取り込んでくれた。カプセルに押し込められて、下からゲル状の液体が上ってきたときはついにマッドになったかと誤解したが、それは早とちりだった。液体に頭まで浸かっても呼吸ができる。温かな羽毛布団に身を任せて浮かんでいるような心地のよい空間だった。あれはいい。そして、目を瞑るといつの間にか小説世界に飛んでいる。君の思惑通りの出来だ。
 しかし装置の魅力が際立つとそれだけに、開発者の小説への無関心が残念でならなかった。君が企画した「近代純文学ツアー」、あれはいけない。
 
 カプセルに押し込まれた僕が最初に見た景色は、黒い水面の上だった。一体これは何だろうかと周りを見渡そうとすると、腕がない。足もない。むしろ人間の体と呼べる部位はなくて、あるのはただ飛沫が体に当たる感覚と、背に感じる人の重量だけだった。
 なるほど、自分は舟になったのだと合点したのはしばらく後になってからだった。僕はただ、川の上にプカプカと浮かんで、背に座る人の会話を聞いていた。その正体は、どうやら弟殺しの殺人者とそれを護送する同心らしい。何だか彼らの会話に深く考えさせられながら、そのまま読了するまで僕は世界の中でたゆたっていた。
――色々と言いたいことはあるが、ここではツアーの初めになぜ『高瀬舟』を選んでしまったのか問い詰めたい。あまりに殺伐とした世界観に、入る前の興奮がしぼんでしまったよ。
 さて、次だ。僕は気づけば満開に咲いていた。君はおそらく、舟の後には地に足付けたものが良いとか華やかな景色が旅行にはふさわしいとか浅ましく考えたのかもしれない。たしかに、桜の森は恐ろしいくらい綺麗だった。それは間違いない。しかし、タイトルだけで作品を判断してはいけないよ。本当に恐ろしいんだ。
 そして流されるまま今度は、丸善の本の塔の上にそびえたっていた。自分の姿は確認できないが、その時僕はすべての善いものを重量に換算した重さだったはずだ。柑橘系のいい匂いもしてた。君は休憩がてら果物を差し入れた気分だろうが、自分が食べられる側になっては世話がない。
 そしてまた身動きもできないから、本の上で静かに考えたわけだ。何故こんなアトランダムに世界が選ばれ、奇妙な役回りをさせられるのか。その後体験した世界で、僕はそれらの共通点を見つけた。
 ジェットコースターさながらに走るトロッコ、燃える金閣寺……
 君のことだから装置に小説を読み込ませたのは良いが、君自身はまるでお話を読んだことがない。だからその「題目通りのモノ」にしか僕を変身させられないのだね。

 最後の旅行前の休憩時間にそれを指摘すると君は慌てて否定した。認めないだろうが図星であったと僕は確信している。
「次はちゃんと主人公にならせてくれ。君が読んだことのある作品の中で」
「俺が知っている小説の主役だな。任せろよ」
 日本語とは難しいね。

 その世界では机でいびきをかく男の後ろ姿を見上げていた。毛深い自分の前足に目を移すと何の作品かすぐにわかったよ。たしかに主役ではあるね。もう僕は呆れてニャーと鳴くしかなかった。
 君も最初の一文くらいは有名だから知っていたのかもしれないが、話は最後まで通して読むものだ。僕はまだ死にたくない。
 今度企画するときは、もう少し小説を読んで作者の気持ちを考えた方がいい。モニターとしていえるのはこれくらいだ。

 さて、君はこういう手紙を最初と最後だけ読んで、誰からだとわかるとすぐ捨ててしまうだろうからあえて名前は書かない。まあないものは名乗れないね。今後のためにしっかり全文読んで噛みしめてくれたまえ。小説とはそういうものさ。草々

匿名希望の猫


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このストーリーに関するコメント

16/01/10 土井 留

>守谷一郎様
拝読しました。笑いました。
宮本輝の川の三部作(『泥の川』『蛍川』『道頓堀川』)とかならまだしも、三島由紀夫の『仮面の告白』とか『金閣寺』の主人公はちょっと勘弁ですね。もし、主人公の気持ちも共有できたらどうなるのでしょうね。仮に「人間失格」の主人公になったとして、主人公と同じ感覚を持つのか。その感覚、味わってみたいような見たくないような。川端康成の『眠れる美女』とかはどうだろう…

16/01/10 守谷一郎

>土井 留様
コメントいただきありがとうございます。そこまで想像を膨らませてもらえるとは嬉しい限りです。倒錯的な主人公たちと感覚を共有する・・・仰るように怖いものみたさで試してみたいという気持ちがムクムクと。三島や太宰は熱狂的なファンも根強いですから、例にあげられた『仮面の告白』『人間失格』の主人公になりたいという人も実は結構・・・。でも現実に戻ってきた後が大変そうですね。

16/02/07 つつい つつ

せっかく小説の世界に入れるのに舟になったり、桜になったり、開発者とのちぐはぐなやりとりが面白かったです。オチも良かったです。

16/02/07 守谷一郎

お読み頂きありがとうございます。
ちょっとズレたサイエンティストって短いお話でも活躍してくれてとても助かりますよね笑。お誉めいただき嬉しい限りです。

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