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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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それは紙魚からはじまった

16/01/05 コンテスト(テーマ):第100回 時空モノガタリ文学賞 【 純文学 】 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2493

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本にくっついた紙魚の行動が変だった。
私は好奇心をそそられてそれまで読んでいた活字からその銀色の虫に視線を転じた。
ふいに紙魚は前進した。が2ミリほど行ったところで右にまがり、また数ミリ進んで左に折れたかと思うと、今度は反対方向に歩きだし、すぐまたたちどまった。それはまるで人が試行錯誤したあげく紆余曲折している姿に似ていた。一分ほどその場に静止していた紙魚は、やがて本のページから机の上に出てしまい、いつのまにかどこかへいってしまった。
かすかにジュッというものの焼けるような音がした。みると、灰皿においた吸いかけの煙草の先に、ちいさな炎をあげて紙魚が燃えていた。紙魚が、この世を儚んで自殺をはかった………さっきからの紙魚の不可解な動きが私に、そんな突拍子もない連想を抱かせた。私か読んでいたのは純文学だった。
じつをいうと私自身、この本を読んでいる最中に、人間いかに行くべきかという究極の疑問にとらわれ、自分の人生はこれでいいのかと自問自答しては苦悩にみちた吐息をついていたところだった。さらに追及していけば、自分もあの紙魚同様、自ら命を絶つところまで追い詰められていたかもしれない。まるであの紙魚はそんな私の気持ちを身をもって代弁してくれたかのようだった。
だが、まさかそんなことが………。
私は窓を開け放つと、さわやかな春の風を部屋いっぱいに招きいれた。気分も入れ替えようとして、書棚からこんどはエンターテイメントの本をとりだし、机の上にひろげた。
するとまた一匹の紙魚がページの中から飛び出してきた。しかしその紙魚はさっきのとはちがい、元気いっぱい飛び回り、宙返りまでうって私の目を楽しませてくれた。
本の種類によって紙魚の生態に差があることに確信をもったのは、それから純文学作品とアンチ純文学を十数冊ひろげては、そこにすみついている紙魚の様子をつぶさに観察した結果だった。純文学の方の紙魚はおおむね、何をするにも迷いがちで、その場をいったりきたりして逡巡したあげく、最初のやつのようにタバコの火にちかづくか、あるいは湯呑によじのぼってあわれ入水自殺をはかるものも出た。対してエンターテイメント派の紙魚はみな動きが軽快で、見た目に陽気で、何に対しても肯定的な印象がした。
しかし、そんなことが本当にありえるのだろうか………。
私は自分の目でみたことが容易には信じかねた。対象が紙魚というちっぽけな存在ゆえに、信憑性をもとうにもさすがに限界があった。そこでしりあいの移動動物園の園長をしている男のところにでかけていった。
「ヤギに餌をたべさせたいって」
ヤギが紙をたべるところがみたいとの私の申し出を、人のいい園長はすんなりうけいれてくれた。じつはこの移動動物園を開設するにあたり、私もいくらか資金援助していた手前、断るわけにもいかなかったのかもしれない。
私はヤギのいる囲いに案内されると、さっそく持参した純文学の本のページをちぎってそれを与えはじめた。
ヤギが活字の刷られた紙をたべはじめるのをみながら私は、紙魚同様このヤギもまた純文学的思考にとらわれるのだろうかと考えた。さらに二枚、三枚と破りとったページを与えているうち、はたしてヤギの目になにやら憂いを帯びた光が宿りはじめた。きたな、と私は、変貌しつつあるヤギの表情をながめた。ヤギとしての生き方を模索して、動物園という見物客に媚をうる現在の自分というものにもしや虚しさを覚えはじめたのではないだろうか。その証拠に、一点を凝視するヤギの視線をたどっていくと、柵の端にかけられた首を吊るのに格好な一本のロープに行きついた。
私はこのときになって、自分の行為の重大な過ちに気づいた。それでなくても経営難の移動動物園で、万が一ヤギに死なれでもしたら、つぎは園長たちが首を吊るはめになりかねないのだ。私は、持参してきたのが純文学本ばかりだとわかるとすぐに園長にいった。
「エンターテイメントの本はありませんか」
「あいにく私は、本は読まないんだ」
「なんでもいいから、純文学以外の本をもってきてほしい」
園長は家の中から、何冊かの雑誌をもってきた。
「うちにあるのは、こんなんばかりさ」
それはどうやらアダルト関係の雑誌のようだった。純文学でなければなんでもいいだろうと私は、びりびりとページをひきちぎっては、せっせとヤギに与えはじめた。
ヤギの顔からはりつめたものが次第に薄れだすのをみて、危機がすぎさったことを私はさとった。
一週間がすぎたころ、例の園長が私に電話をかけてきた。
「いやあ、あれからね、うちのヤギ、いやに元気になってね、これまでちかづこうともしなかった雌ヤギ相手に発情して、それはお盛んなことで―――」
この分だと待望のヤギの子供が生まれるのも期待できそうだと、移動動物園の園長は声をはずませて喜んだ。


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このストーリーに関するコメント

16/01/09 クナリ

エンタテインメント性あふれる、闊達な作品ですね。
ヤギの目に憂いが宿ったときのシュールな光景が、妙におかしく感じられてしまいました。
ロープを見つめる視線を想像すると、さらにおかしみがこみ上げてきます。
思わず、「君マジか!」とヤギに突っ込みたくなってしまうような…。

16/01/09 W・アーム・スープレックス

印刷インキの関係であまりヤギに活字した紙は食べさせないほうがいいそうですが、まして文学作品ともなると、ミューズの神あたりからばちがあたるかもしれません。紙魚ぐらいなら、立派に栄養になるのでしょうが。

16/02/04 光石七

拝読しました。
「紙魚」の読み方と意味がわからずググってしまった無知な私です(苦笑)
虫も動物も本の内容に感化(?)されるとは。でも、実は人間以上にわかっているのかもしれないなあ……なんて思わされました。
オチは何となく予想していましたが、やはり顔がにやけてしまいますね。動物園にとってもハッピーな兆候で、よかったよかった。
面白かったです。

16/02/04 W・アーム・スープレックス

古書店で買ってきた古本などにはたまに、紙魚がいたものです。小っちゃくて銀色の、かわいい虫です。そういえば最近はみかけなくなりました。紙の上で生まれ、一生を本の中で終わる不可思議で、ある意味幸せな生き物だと思います。新刊書ではまずお目にかかれないので、あれも昭和の生き物かもしれないですね。

16/02/07 つつい つつ

確かに同じ紙でも書かれている内容によって質が変わるんじゃないかという気にさせられます。
でも、ヤギが元気になって良かったです(笑)

16/02/07 W・アーム・スープレックス

ヤギが食べたのがスポーツ関係の雑誌だったら、急に筋トレをはじめだすというのも面白いなと思いました。みなさんから頂いたコメントを読み、いろんな可能性があるなと考えさせられました。

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