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國分さん

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迷画を求めて

16/01/03 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:3件 國分 閲覧数:1411

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 失恋を求めているのは、私だけだろう。
 私が一方的に誰かに恋をして、相手の男がそれを断る。そう、まず、恋をしなければいけないのが、今の私には難しいところだ。
 なりふり構わず男に恋をしてはいけない。フラれる男を見抜かねばならない。それも、相当のショックが待っているであろう相手をだ。当然、なかなか見つからない。

 私は二年前、ひどい経験をした。と同時に花々しい名誉と劇的な快感を得てしまった。絵画科の落ちこぼれだった私を、一躍芸大のトップスターに押し上げたのは、失恋だったのだ。
 同じ学科の一年先輩に、私は入学当初から思いを寄せていた。一目惚れだった。童顔で爽やかで、まつ毛が長くてタッチが繊細で……。でも筆を持つその手はくっきり血管が見えて、骨も筋も浮かび上がっていた。中性的な顔立ちだったけれど、そこだけはまさに男のものだった。私はそのギャップに、彼の手に欲情してしまった。よく見ればのど仏も鎖骨も素晴らしかった。
 いよいよ私は興奮を抑えきれず、その先輩に告白した。それまでの私の勇み足とは裏腹に、彼はするりと私の心に歩み寄った。でもこれが、私のとんだ勘違いだった。
 浮かれに浮かれた私は気付かなかった。恋愛は、高校一年の初恋以来だった。経験が少なかったのがいけなかったのかもしれない。誕生日って女から言うもの? 男から聞かれるもの? そんな小さな悩みは関係なかった。体も許したけれど、そこまでは彼も熱心だったけれど、その先は人が変わったように冷たかった。
 それでも私は誕生日に何かあるかもしれないと期待した。実際、その何かはあった。考えも及ばないサプライズだった。彼は、別の女と手を繋いで歩いていたのだ。大学内で、堂々と、とっても仲良さげに。目が合ったと思うけれど、彼はいつも横切る建物の外壁を見るみたいに、私の姿に無関心だった。彼の記憶の中では、私はその外壁に埋もれてしまうだろう。なるほど、これが男ってやつか。
 しばらくの放心の後、押し寄せて来たのは、悲しみでもさびしさでもなく、怒りだった。それらを全部引っくるめた怒りだったと思う。浮かれた自分、相手の性格を見抜けなかった不甲斐なさも含めて。
 何より、あのクズ野郎を許せなかった。とは言え、直接攻撃に出るわけにも行かなかった。最初の頃はスキを見て特攻しようと思ったけれど、いつも彼の横には女がいた。女は取っ替え引っ替えに、季節を無視した彼のファッションのように、気まぐれに変わった。
 行き場のない怒りは、キャンバスに向けられた。どす黒い色彩を筆ですくい、白地の画布にばんばん叩きつけた。私の心をぶつけた油絵は、衝撃的な落日の絵になった。油絵の上から下まで蛇行しながら垂れるひと雫は、暗い太陽も近い街並みも、遠い山の風景もぼかした。私の涙だ。
 モネの「印象・日の出」が光の導きならば、この「落日」は闇への誘いだ。そんな講評を得た。巨匠が引き合いに出されるほどの作品だったのだ。大臣の名を冠にした賞をもらった。学内の展覧会でも目玉だった。日本有数の美術館から、買い取りの提案も来た。
 そういう付加価値が油絵だけでなく、私にも飛び散って、べったりとこびり付いた。周囲からちやほやされるのは、嫌ではなかった。謙虚な態度を見せつけながら、内心、飛び上がるほど勝ち誇った。

 私は今あせっている。卒業制作が間に合いそうにない。「すごいのを期待しているよ」と学長からも担当教諭からも直々に言葉をいただいたけれど、漠然とした「すごいの」には、「落日よりも衝撃的な作品」という意味が含まれていると、私は受け取った。
 私はスランプに陥っていた。もともとの実力が発揮されている、とは言いたくないし、言えない。周囲の期待に応えなければならない存在になってしまったからだ。
 私の絵からは心の躍動が消えていた。これを描く、これを表現する、といった作者からの絶対の意志が感じ取れないのだ。
 いろいろ試した。絵の具の代わりに泥を塗ってみたり、のどに指を突っ込んで、涙を出して垂らしてみたりと。馬鹿みたいな行動は阿呆みたいな駄作を創り出した。袋小路の暗闇で、過去の栄光を振り返るのは当然のことだった。すると私は気が付いた。あの作品を創り出したのは、失恋のショックだということに。
 単純に私は男を求めた。条件は、ひどい失恋を経験させてくれそうな男。そのためには、そんな未来のクズ野郎を相手に、私は恋に溺れなければならなかった。これが難しい。
 学内では無理だった。私の名が知れ渡っていたからだ。街に出た。どいつもこいつもクズ野郎に見えてきた。
 私は締め切りギリギリまで男を探そうと思う。あの不安定な心は、失恋でしか得られなそうだし。でもなかなか踏み出せない。私に見合う男は、そう簡単には見つからない。決して男が恐いわけではないのだ。たぶん。


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このストーリーに関するコメント

16/01/20 滝沢朱音

面白いですね!
いろいろな箇所の文章や言い回しがとても印象的で、心に残りました。
「女は取っ替え引っ替えに、季節を無視した彼のファッションのように、気まぐれに変わった」とか
「そういう付加価値が油絵だけでなく、私にも飛び散って、べったりとこびり付いた」とか。

このあと何かが起こりそう。「落日」にかわる名画を生み出せるのでしょうか。
願わくば素敵な男性に出会って、逆に愛にあふれた作品になりますように。
そんなことを思いました。

16/01/24 光石七

拝読しました。
失恋のショックを創作に向けた結果傑作ができた、というのはありそうですね。
傑作を生みだすために失恋を求める主人公は滑稽だけど、毎回テーマに四苦八苦しながらなんとかひねり出して書いている身としてはなんだか他人事とも思えないような……などと考えながら読み進めていましたが、最後の二文に笑ってしまいました。
面白かったです。

16/02/04 國分

>滝沢朱音さん
感想ありがとうございます。
性格的に騙し騙され泣きわめくような愛憎劇が待っていそうです。
臆病で内向的になり、そうして歪んだ愛情や性衝動をキャンバスにぶつければ面白い絵になりそうです。
その片鱗が「失恋を求める」行為に出ている気がします。

>光石七さん
感想ありがとうございます。
なんとか他人と差を出したいがために書いた作品が、読み返せばテーマから外れているなんてことも多々あります。
が、気にせず投稿して評価を求めてしまうのは、生み出した作品を我が子のように溺愛する物書きの性でしょう。
いくら駄作でもかわいいもんです。

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