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泥舟さん

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逃げる球の握り方

12/08/17 コンテスト(テーマ):第十一回 時空モノガタリ文学賞【 高校野球 】 コメント:0件 泥舟 閲覧数:1951

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地方大会の準決勝。
1点差の9回裏。1アウトで満塁の場面で、相手チームの4番バッターの場面だ。
ファールで粘られて3ボール2ストライク。ピッチャーの健一は追いこまれていた。何より、これまでに投げた球数は150球を超えていた。チームメイトはもちろん、相手チームやスタンドで観戦している観客たちの目にも、健一の状態は明らかだった。
第7球目、健一が投げた球は力のないド真ん中、真っすぐ。満を持してバットが振り下ろされた。
次の瞬間、ボテボテのゴロがセカンドに転がった。内野陣が慎重にさばき、4−6−3のダブルプレーだ。
一瞬の静寂の後、康一の周りで大歓声が沸き上がった。
ただ、康一は冷静に、やっと終った、と思った。
康一は、いつも以上の疲れを感じていた。
勝ち試合に沸くスタンドの観衆の雰囲気に溶け込むことができなかった。

健一と康一は、双子の兄弟だ。
しかし、まったく対照的に、康一が内向的で勉強少々、読書が好きな少年なのに対して、健一は活発なスポーツ大好き少年だった。
健一は父の影響を受け順調に野球少年となり、幼いころから近所の野球チームに入って、真黒になって練習をしていた。
だからといって、健一が物凄く野球がうまいというわけではないようだ。常に、2番手・3番手ピッチャだったし、中学の野球部でも控えピッチャーに甘んじていた。
だから、康一が自分の成績に見合った進学校の高校に入ったのに対し、健一は、進学校であれば野球部にすごい選手がいなくて自分でもエースになれる、という不純な考えで康一と同じ高校に進学した。

双子の間には、何らかの共鳴があることはよく言われているが、健一と康一の間には確実にテレパシーと呼べるものが存在した。あまり成績が良くない健一が、康一と同じ進学校に進むことができたのも、実は、その力が大きく貢献しているが、それはまた別の物語である。
さらに、康一には、テレパシー以外に別の能力が備わっていた。
テレキネシスというのだろうか、離れたところにあるものを念じることで動かすことができた。このような能力は、健一と康一の二人の秘密だった。

「康一、試合で俺がピンチの時、打たれないように投げたボールを微妙に変化させられないか?」
健一がそう相談に来たのは、高校2年の夏の終わりだった。3年生が抜けて、健一はようやくエースとしての地位を獲得していた。
康一は幼い時から、常に控えで終わる健一の悔しさを一番近くで見てきた。いやだとは言えなかった。実は、二人の間のテレパシーやテレキネシスの能力がだんだん弱くなってきているのを二人は実感として感じていた。おそらく、健一は常々考えていて、今まで言い出せなかったことを、能力が消滅する前に、という思いで、勇気を持って相談したのだろう。

健一の野球の練習は、康一のテレキネシスの練習でもあった。
野球の経験がない康一にとって、野球のボールやバットの動きに視覚的に慣れることやテレキネシスを使うタイミングなど、想像以上に難しかった。また、試合時間という短い時間にそう何度も使えるものではないことも分かってきた。
夏の地方大会開始直前に、健一の力を込めない比較的ゆるいボールに限って、ようやく狙ったときに、狙ったようにテレキネシスを使うことができるようになった。また、1試合当たり3回ぐらいしか使えないことも分かってきた。
ただ、康一にとってそれかなりの精神的な負担を強いるものだった。
ご推察の通り、準決勝でのセカンドゴロも康一のテレキネシスの効果だった。まさにジャストミートしようとした時に、ボールが少し沈みバットの下をかする結果となったのだ。

決勝の相手は、優勝候補筆頭の高校だった。
早い回から何度もピンチは訪れた。康一のテレキネシスは序盤ですでに3回使ってしまった。疲れ切った康一は既にテレキネシスを使うことができず、一人戦う健一を見ているしかなった。
ところが、味方チームに運と相手チームの不運が重なり、毎回ランナーを背負いながらも無得点に抑えるとともに、相手チームの不運なエラーにより1点をリードしたまま9回を迎えた。
だが、9回裏ツーアウトフルベース。
だが、健一のみならず康一に欲が出た。ここを抑えれば甲子園だ。彼らが抱いた欲を誰が責めることができただろうか。
「頼む」健一の声が小さく頭に響いた。康一も力をほとんど残していなかった。康一には試したいことがあった。健一の身体に対して、直接テレキネシスを使ったのだ。
健一がいつもの通り、投げやりなド真ん中、真っすぐを投げようとした。健一のボールを握る指の位置が少しずれた、ボールを握る力の加減が変わった。

両手を高々と突き上げた健一を中心としたスタンド全体に広がった歓喜の輪の中、康一の身体がシートからゆっくり崩れ落ちたのだった。


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