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ヨルツキさん

宇宙が大好きな物書きです☆ 書いていないと具合が悪くなります。文庫本を片手に空を見上げていたら、それはワタクシです☆ ※画像はレフカダさんの作品です(無断転用禁止)

性別 女性
将来の夢 ガツガツしないで穏やかに生きる人間になるコト
座右の銘 人事を尽くして天命を待つ

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かっ飛ばせ!

12/08/16 コンテスト(テーマ):第十一回 時空モノガタリ文学賞【 高校野球 】 コメント:0件 ヨルツキ 閲覧数:1735

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 なにげなく通った地下街の巨大モニターに人が群がっていた。
 なにかの中継を見ているらしい。なにごとか、とわたしは歩みを向けた。野球の中継だった。高校野球、甲子園だ。
 そういえば、今年は地元の高校が決勝に残ったんだった、と新聞記事を思い出す。それがどれだけスゴイことか、そのときはまだわたしは気づかなかった。

 スポーツには興味がない。野球だけでなくサッカーを何人でやるのかすら知らない。理系の大学へ進んだ女子などみんなそんなものだ。真夏の炎天下にボールを追って汗だくになって地面を駆けずり回るなど、狂気の沙汰に見えた。
「かっ飛ばせ!」隣りのお兄さんの声でわたしは我に返る。
 見れば、お兄さんは背伸びをしてモニターに釘付けになっていた。らんらんと目を輝かせて頬を赤くしている。まるで自分がマウンドにいるかのごとくだ。
 そんなに大事な場面なのだろうか。わたしはちらりとモニターを見る。10回の表、とあった。……10回。いくら野球にうといわたしでも「9回サヨナラ勝ち」という言葉くらいは耳にしていた。すると普通は9回で終わるわけで、ならばこれは――。
「延長戦かよ!」
 背後からサラリーマンの声がした。同僚らしき数人もわたしの背後に迫ってくる。サラリーマンだけでなく、わらわらと買い物帰りの客もモニターに集まり出した。
 しまった――。わたしは身をすくめる。輪から出られなくなった。
 そこかしこで「そこだ!」とか「いけ!」とか「いまだ!」と言う声がもれ聞こえる。
 誰もがモニターに夢中になっていた。誰もが真剣なまなざしだ。誰もが地元の高校を応援しているかのようだった。
「かっ飛ばせ!」また隣りのお兄さんが声を張り上げた。その前のおじさんも「かっ飛ばせ!」と声をあげる。「かっ飛ばせ!」「かっ飛ばせ!」「かっ飛ばせ!」そこかしこで声があがった。
 奇妙な光景だった。
 他人同士の集まりなのに、誰もが思いをひとつにしてモニターにむかって叫んでいた。「かっ飛ばせ!」モニターの中の選手たちの汗が光る。「かっ飛ばせ!」モニターの中の選手たちがバットを振る。「かっ飛ばせ!」モニターの中の選手たちが走る。
 ……いつしか、わたしも手に汗を握っていた。かっ飛ばせ。かっ飛ばせ。かっ飛ばせ!モニターの中のバッターが打った。白球は鋭く飛んで相手チームのグローブを抜けていって、そして――。選手たちがマウンドに向かって駆け出していった。
 指を大きく一本空に掲げて抱き合っている。顔をくしゃくしゃにして泣いている。
 モニターの前の群集にも歓声が上がる。隣にいたお兄さんがわたしに抱きついてきた。「優勝だよ!優勝!やったよ!やったんだよ!」わたしは、はい、はい、とうなずき返す。
 ルールも知らないくせに、わたしは全身に鳥肌を立てて泣いていた。

「不思議よねえ」テレビを眺めつつわたしはつぶやいた。
 高校野球に出場した選手がどれだけいるだろう。出場するだけでもスゴイのに、優勝できるのは一校だけ。しかも優勝したからといって必ずしもプロになれるとは限らない。
 それなのに、いまテレビには4年前にあの地下街のモニターに映っていた高校生が、筋肉たくましい身体つきになってバッターとして映っていた。ピッチャーは、あのときの相手のピッチャーだ。
「世紀の対決、再来だね」夫がわたしに缶ビールを手渡す。4年前のあのとき、わたしに抱きついてきた隣にいたお兄さんだ。
 不思議と言えば、これまた不思議な縁だ。
「おっ」と夫が身を乗り出す。ピッチャーがボールを投げたのだ。バッターはしっかりとバットを握る。
 わたしと夫は同時に叫んだ。
「かっ飛ばせ!」
 ――きいん、と気持ちのいい音がテレビから響いた。
 


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