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じゅんこさん

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てのひらに舞い落ちる温度

15/12/21 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:2件 じゅんこ 閲覧数:826

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 雪、降りそうだね。
 呟いた彼女につられ顔を上げれば、白い息が宙に泳いだ。

「今年は、例年より寒くなるんだって」
 もう、そんな季節なのか。例年より寒いって、去年どれくらい寒かったかなんて、数値を出されても解らない。去年は今が史上最高に寒いと考え、きっと今年もこの寒さが一番だと記憶するんだろう。いつも俺は、そんな感じだ。
「だから、そんなとこにいると、風邪引いちゃうよ?」
 昨晩家を飛び出してから、ずっとこの路地裏で踞まっていた。悴んだ掌は凍えきって麻痺している。体中の骨が全て凍り、関節を曲げると鋭く悲鳴を上げた。
「今日学校に来なかったのは、その痣のせい?」
 何も答えない俺の顔に目を向けながら、切なげに眉を細める彼女はただの元カノで、同級生だ。屈んで顔を覗き込んでくる優しさは、俺には不必要だった。
「……怒ってる?勝手に告白して、別れようって言ったこと……」
 消え入りそうな声。俺に許されているのは首を小さく横に動かすことだけ。頬骨の左側と側頭骨がきりきりと痛んで、それを言い訳に視線を鈍色のアスファルトに移す。
 崎原透。クラスメイト。話した事すらない彼女に告白されたのは、丁度去年の今頃だった。断る勇気がないからと告白を了承した俺は、選ばれた理由もわからず、ただ早く別れを持ち出してほしいと考えていた。

「ねえ、今でも何か、悩んでるんでしょう? 私、口は堅いんだけどなあ」
 彼女は優しい。でも、生温い優しさは何も産まない。そうわかってたから距離を取っていたのに、今更その優しさに縋ってしまいそうになる。誰かに、聞いて欲しかったのかもしれない。
「……俺、親父が大嫌いだった。仕事クビになってから、暴力ばっかふるう様になった親父が」
 自分から羽根を折り、飛べないのはお前らのせいと怒鳴り散らす惨めな鳥は、“生きたい”と泣いているように見えた。ぎりぎりの場所に立っている刻だけ、自分の生を実感出来る。そう自分も理解したのは、初めて此処に逃げてきた時だった。
「昨日も母さんを庇って殴られた。母さんがその後謝ってきた。──もっと苦しんで、親父と別れればいいのにって、そう考えた自分が許せなくて、走って、気づいたらここにいた」
 彼女は、いつのまにか俺の横に並ぶように体育座りをして、やっぱり、俺の目をまっすぐに見つめていた。聞きながらその間に悲しい怒りを溜め込んでいるような、そんな感じだった。

「去年の今頃、初めてここに来た。そしたら塾帰りの崎原が俺をみつけて──いきなり告白してきた」
 彼女は笑顔で俺の名を呼んだ。哀れみじゃない感情を向けられて、戸惑った。
「わからなかった。話しかけてくれるその声も──」
 水の中にいるみたいで、うまく聞き取れなかったんだ。

 話し終えると、二人の間に静かな風が走り抜けた。
「はじめて、自分から話してくれた」
 隣からぽつりと言葉が落ちる。くすくすと笑い声も。
「わたしさあ、一目惚れだったんだよね。なんか、雪みたいだなあって思って」
 雪なんて、寂しさばかり募って、惨めになるだけなのに。……いや、違うんだ。頭の片隅では理解してるんだ。だから、続けないでくれ。俺を期待させないでくれ──。
「君となら、春が待ち遠しくなるかなって思ったの」
 立ち上がって、彼女と距離を取った。このままだと、何かが壊れてしまうような気がした。なのに逃げないのは、彼女の言葉を何処かで待っていたからだと、本当は気づいていた。
「君への想いも、変わってないんだよ」
 下から俺を射抜く、視線を感じる。彼女はとっくに、俺の弱さを見抜いていた。
「他人になれれば、よかった」
 空気を伝って流れ込む感情に、自己の緩怠を恥じた。いい加減で怠けて失敗して。結局一番頼ってたのは現実で。
 目の前にいる彼女。目に涙をいっぱいためて。ああ、こいつも俺と同じなんだな、なんて、……今からじゃ、遅いだろうか。
 日は既に落ちていて、薄暗く変化した空に雲が散っていた。俺らの周りで、白い結晶が舞い始める。彼女ははめたチャコールグレーの手袋を伸ばして、それを集めようとする。自分も真似てみたけれど、掌の温度ですぐ溶けてしまった。頭の片隅に、空を舞うピンクの破片が過った。
「春、来るかなあ」
「くるよ」
 彼女と同じ空を見上げ考えていた。また春がくるな、とかまた朝が来るな、とか。思ってはいるけど、一つとして同じものはないんだ。それが寂しいような切ないような、でも待ち遠しい気がした。
 彼女が口元を綻ばせたのを見て、愛しさが湧き上がる。俺の頬に、彼女の髪に。消える一粒一粒を、抱きしめたい衝動に駆られた。心に、ゆっくりと募っていく感情。消えてしまいそうなのに、それは確かにある。
 掌に舞い落ちるその温度に、どうしようもなく泣きたくなった。



《終わり》


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このストーリーに関するコメント

16/01/22 光石七

拝読しました。
とても詩的で繊細な文章の中に、主人公の痛みや諦め、心の奥底の切望、幼さなどがしっかり描かれていて、舞い落ちる雪にこちらの心も浄化されていくような気分でした。
こんなふうに書けるセンスが羨ましいです。
素敵なお話をありがとうございます!

16/01/22 じゅんこ


光石 七様>
中学1、2年のときに書いたものをひっぱりだしてきて文字数に押し込んだだけなので、しっかり読者の方に伝わるか心配でしたが、私の自己満足に留まることなく開かれた物が書けたのかな、と安堵しました。
センスは皆無なので、本当に苦労してやっとこさ絞り出しています。コメントが励みになります、ありがとうございました。

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