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ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 童話作家。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

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雪割草

15/12/21 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:1049

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 ロロに手を掴まれた少女は、その手の温かさと同時に不思議な熱い想いが胸いっぱいに溢れて、硝子玉のような目から涙を零した。慌ててロロは彼女に、窓辺に咲く白くて可愛い花を指差した。
「これ、ぼくがここに持ってきた雪割草というお花で……そうだ、君を『ハナ』と呼ぼう」
「ハナ?」
「うん、君はすごく可愛くて……えっと、お花みたい、だよね?」
 それを耳にしたテオ博士は大笑いしてからかった。
「わずか十歳での口説き文句かい?」
 ロロは不機嫌そうに頬を膨らませた。ハナはニコニコして、「ハナ」と繰り返し呟いた。
   ◇
 冬のある日。ロロは、いつものようにテオ博士の家を訪ねた。
「ハナ、いる?」
 窓辺の雪割草の横で愛らしく座っていたハナの顔が、たちまち明るくなる。
「ロロ!」
 ハナと出会ってもう二年が経っていた。新聞を売り歩いているロロは、テオ博士から十歳の誕生日に人形のハナを贈られ、その後十一歳、十二歳とロロの成長に合わせて少しずつ手直しされてきた。真珠色の温かい肌と木漏れ日のような優しい碧の瞳、金色の髪をおさげにした彼女は、人の心を持つ博士自慢の等身大の人形。家族がなく学校にも通えないロロにとって、ハナは大切な存在だった。テオ博士が危惧するほど二人は愛し合っていた。二人が口づけを交わすのを見て、テオ博士がロロを叱った。
「早く雪を払い落としなさい!」
 ロロはテオ博士の背中にペロッと舌を出し、ハナは頬を染めてクスッと笑う。
 それから数日後、
「えっ、学校? ぼくが学校? でも、そんなお金……」
「私が学校へ行かせてやろうと決めたんだよ。気にするな」
「わぁ、ありがとうテオ博士! 学校へ通うのは、ぼくの夢だったんだ!」
「ただし、条件がある。ここへはもう来るな」
「えっ!」
「勉強をして多くを学び、友達を得て心豊かな男になりなさい。もう人形遊びは卒業だ」
 究極の選択だった。学校かハナのどちらかを選べという。ハナはしゃがみ込んでうつむいている彼にほっそりした手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。そっと彼から離れようとしたとき、彼の右手が彼女の左腕を掴んだ。その強さに驚いた彼女に、彼は一つだけ彼女の手にキスをしてから、少しよろめきつつテオ博士の家を出た。それが別れだった。
 ハナは、窓辺の雪割草の横に腰掛けて彼を待つ。一週間後、冷たい雨が降っていた。涙のように窓硝子を伝っていく雨。ふいに黒い影が現れて、その姿が窓に映る。窓からこちらを覗きこんできた。すぐに分かった。ロロだった。ハナは嬉しくて笑った。ロロが窓硝子に手をあてると、ハナは硝子越しに手を合わせた。ロロは、ゆっくりと唇を動かした。「さ・よ・う・な・ら」と。彼は、雨の中を駆け去った。
「『さようなら』?」ハナは首を傾げた。
 ハナは、晴れた日も雨の日も嵐の日も雪割草の横でロロを待ち続けた。いつか逢える。いつか、また言葉を交わしてくれる。いつか、またキスをくれる。だって、ハナはとてもロロが好きなのだから。
 そうして一年後、ロロが茶色の髪のよく笑う女の子と楽しそうに歩いているのをハナは窓辺から見た。ロロは、彼女しか見ていなかった。彼の目はいつだってハナだけに向けられてきたはずだし、笑顔だってハナのものだったはず。ずっと待っていたのに、ロロはどうかしたのだろうか? ハナは混乱して、家の奥にいるテオ博士のもとへ走った。彼は、あっさりと言葉を投げて寄こした。
「ロロの幸せを願うなら、これでいいんだよ。あの子は優秀だ。いずれ名の知れた学者になるだろう。あぁ、彼を学校へやって正解だったよ。おや、どうしたハナ。嬉しくないのかい?」
「ロロ……」
「もうロロはおまえのことは忘れたのだよ。人はいつか、人形遊びから卒業するものだ」

──失恋。
 
 ハナは泣き叫んだ。
「ハナノココロヲモヤシテ! ダッテ、イタインダモノ!」
   ◇
 テオ博士が亡くなり、二十六歳のロロが遺言によって残された全ての遺産を受け継ぐことになった。思いがけずテオ博士の家で暮らすことになり、ロロは下見に来ていた。もう十数年も遠ざかっていた家。当時、ある人形に会いたくて、毎日のように訪ねていた。思えばあの頃の自分は、あまりに寂しくて人形遊びをしていたのだ。とても妻には言えない。あの人形はどうしただろう。ランプを手にして部屋を見て回り、奥の部屋のそのまた奥の隠された部屋に、埃まみれの等身大の人形を見つけた。木の椅子にうなだれて座っている。きちんと座らせてみると、膝の上に一通の手紙があった。黄ばんだ封筒には『ロロへ』と書かれ、裏には『ハナ』とある。便せんを取り出すと、押し花がひらりと落ちた。
「雪割草……」
便せんには、たどたどしい字で一言、
『またあえてよかった』。
 ロロは茫然と立ちすくみ、涙が溢れてどうしようもなかった。


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