1. トップページ
  2. 大田角明

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

0

大田角明

15/12/03 コンテスト(テーマ):第九十八回 時空モノガタリ文学賞 【 革命 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1143

この作品を評価する

彼の名は大田角明といった。ちなみに、『かどあき』と読む。『かくめい』ではない。しかしたまに人は彼のことを、『かくめい』と呼ぶことがあった。そんなとき、いちいち『かどあき』ですと説明するのもめんどくさいので、そのままにしておいた。
先日、それほど親しくなかった女性からひょんなことで酒に誘われ、あらためて自己紹介のようなことをした際、そのときの気分で彼は自分を大田かくめいとなのった。すると相手の目がキラリと光り、「まあ、すてきな名前ね」と、なぜか急に好意を持たれた。そのうえ彼女は、なぜかしんみりした口調になって、つぎのような告白をした。
「じつは私、あなたをうまくたらしこんで、お金をせしめようとしてたの。ごめんね。私、こんな自分がほんとは嫌で、なんとか変えようとあがいていたんだけど、性格の弱さから自分に負けちゃって………でも、あなたの名前を聞いて、やらなくちゃと目覚めたわ。ありがとう、かくめいさん」
告白どおり彼女は、なんだか生まれ変わったような顔つきになり、店をでると暗がりで彼を強くハグしてから明るい声でさよならといった。
角明もまたなんとなく気分がよくなって、足取りも軽く夜道を歩きはじめた。
ふいに背後から、複数の足音が近づいてきた。不穏な気配に彼はふり返った。
すると二人の、中年と思しき男たちがいきなり殴りかかってきた。
「なにをする」
角明は身を庇おとして暴漢たちに抵抗したが、相手が二人ということもあってここはへたに歯向かう愚は避けることにした。
「わかった、金はやる。やるから、おとなしく引き下がってくれ」
と背広の内ポケットからとりだした財布を、手前の痩せた男に渡した。相手は財布から数枚の札をぬきとると、カード入れに入っていた彼の免許証をつまみだした。
「それはあんたたちには関係ないだろ」
案外男は素直にうなずいた。そして背後の建物の、窓の明かりに照らして免許証に、なにげなく相棒とともに目を走らせた。
「大田かくめい」
相手がそう呟くのを角明は耳にした。
二人は顔を見交わすと、なぜか大きくため息をついた。
「俺たちだってなにも、好きでこんなことをしているわけじゃない。仕事をリストラされ、女房子供には逃げられ、再就職のめどはたたず、明日の飯にもことかく始末で、思いあぐねたあげく同じ立場のこいつと手を組んであんたを襲った次第なんだ。自堕落な人生にけりをつけようと、車の行来する道路に何度か飛び出しかけたこともある。いま、かくめいさんの名前をみた瞬間、こんなことではいけないという気持ちが電気のように全身を走り抜けた。なあ、相棒。お前もそう思わないか」
「思う、思う。もういやだ、こんな自分が、こんな生活が―――」
痩せた男は、手にした札をこちらにさしだした。
「すまなかった。これは返す。俺たちはまっとうになって一からでなおすんだ」
「いや、いいよ。それは再スタートするきみたちにプレゼントする。がんばってくれ」
「かくめいさん」
二人は目に涙をにじませて深々と頭をさげた。
二人から離れて角明は、再び暗い夜道を歩きはじめた。その顔にはさっき以上にみちたりた表情が浮かんでいた。
自分の名をかくめいと読みまちがうたびに人々が、堕落した気持ちを入れかえる様子をまのあたりにした彼は、なんとなく自分が特別な存在になったように思えてきた。
この世には、俺という人間を必要としている者はもっとたくさんいるのでは。世の中を、また自分自身を変えようと願っている連中は、この地上には星の数ほどいるにちがいない。そう思うと急に彼の中からこみあげてくるものがあった。その強い衝動にかりたてられて角明は、建物と建物にかこまれた薄暗い闇に向って声を張り上げた。
「俺は、大田かくめいだ」
路地裏の隅にうずくまっていた男の耳にもその声ははっきりと聞こえた。男はたったいま、抜きかけていたサバイバルナイフを鞘に納めたばかりだった。
彼はこれまで、世の中に対する積りに積もった不満、自分を雇用しようとしない企業に対する不満、自分を認めようとしない社会や人々に対する激しい恨みと怒りににかりたてられ、誰でもいいからこのナイフで殺傷してやるつもりでいた。だが時間がたつうち、心の中を去来する親や兄弟、また幼友達の顔を思っているうちしだいに高ぶっていた感情は鎮まりだすとともに、自分が抱いていた怖ろしい考えに対してぞっと震えあがった。
そこへいまの声が響いてきた。「―――かくめい」とたんに彼は、弱気になった自分を鞭打って奮い立たせ、再び胸の中に憎悪と怒りをたぎらせた。
「みんな世の中が悪いんだ。あいつもその世の中の一員なんだ。なにもかもひっくり返してやる」
と叫びながら男は、再び抜き払ったナイフを力いっぱい握りしめながら、大田角明めがけて突き進んでいった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン