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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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地獄谷先生の或る儀式

15/11/30 コンテスト(テーマ):第九十六回 時空モノガタリ文学賞 【 奇人 】 コメント:7件 そらの珊瑚 閲覧数:1623

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勤務先の出版社に出社したら、メールチェックする暇もなく、即編集長に呼ばれた。
「なんでしょうか?」
 営業部、総務部、ファンション誌部門と転属され、苦節入社8年目、ついに希望する文芸部門に配属され、編集者として私は希望に燃えていた。
「新月さん、突然で悪いんだけど、地獄谷先生の担当、お願いできるかな?」
「えー私でいいんですか? そんな大先生の担当になれるなんて、光栄です。頑張らせていただきます」
 ベストセラーとはいかないまでも、ホラー作家の地獄谷先生は、一定のファンがついているので、新刊を出せばそこそこ売れる。我が小さな出版社にとっては稼ぎ頭のひとりであった。
 それに写真でしか見たことはないが、まだ三十代半ば、どちらかといえば顔は美形。編集者と作家というカップルは、実は案外よくある話。もしかしたら、ロマンスが生まれるかも……。
「新月さん、何、にやにやしてるんですか?」
「あっすみません、ちょっとトリップしちゃってました」
「だいじょうぶかなあ、まあ、いいや、ところで新月さん、体力には自信あるよね」
「はい、それはもう。学生時代は陸上部で長距離走ってましたから」
「じゃあ、お願いするね、ああ、それとね、地獄谷先生は手書き派だから。早速これから自宅に伺って原稿もらってもらえるかな」
 先生はパソコンを持たない主義らしい。聞いたところによると電子機器は妖怪が嫌ってよりつかなくなって、商売あがったりになるのだとか。さらに携帯電話もなく、通信できる機械といえば、黒電話だけだという、時代錯誤もはなはなしいと思うのだが。
「いまどき変わってらっしゃいますね」
「うーん、ちょっとね。ほら、才能ある人は奇人が多いっていうしね」
 心なしか、いつもはポーカーフェイスの編集長のほほが、いくぶんゆるんでいるような気がした。
 ◇
 編集長が体力のある私を選んだわけがわかった。地獄谷先生の自宅は山の頂上にあり、タクシーは途中までしか行けない辺鄙なところにあった。約2時間、汗だくになりながらやっと先生の家にたどりつき、玄関先で簡単な挨拶をする。写真で見た通り、いたって普通の人にみえた。
 通された和室は十帖ほどで、中央に座卓と座布団、床の間には綺麗だけれどどこかおどろおどろしい和服の女を描いた掛け軸がかかっている。
 さっそく先生から原稿を手渡された。
「では、読ませていただきます」
 くせのない読みやすい文字で書かれた原稿に、私は目を落とした。
「読み終わったら感想聞かせて。その間僕はちょっと失礼する」
 短編だったので一時間もしないうちに読み終えた。怖がりの私はホラーは苦手で、手にびっしりと鳥肌が立っていた。
 再度部屋に入ってきた先生は風呂にでも入ってたのか、浴衣姿で、髪は少し濡れているようだった。
「先生、読ませていただきました。大変怖かったです」
 私の言葉に先生は満足そうに笑った。
「ああ、そうだ、君が帰る前に、少しばかりお願いがあるのだけど」
 私の心臓がドキンとはねる。さきほど読み終えたばかりの小説で、ラストシーンで同じセリフがあったような……。そのあと、主人公の女は、妖怪に心臓を奪われるのだ。さらに鼓動が速くなる。
「な、なんでしょうか、残念ながら心臓はあげられませんが、私に出来る範囲でやらせていただきます」
 せめてギャグで和ませようと言ったつもりだったが、先生には通じなかったようだ。その代わりに浴衣を脱いで全裸になり横たわった。
「この筆で、僕の身体にお経を書いてほしいんだ。全身くまなくね、もちろん耳にも忘れないでよ」
 ギャグなんだろうか? 笑うところなんだろうか? 
 残念ながら先生はいたって真面目らしく、私は従うしかなかった。心の中で、これは新手のセクハラではなかろうかと疑問が渦巻く。お経の見本を見ながら、全て書き終えたころには、心身ともにくたくただった。
 先生は小泉八雲を尊敬していて、一作書き終えるたびに、耳なし芳一に変身するしきたりなのだそうである。
 普通ならくすぐったくて我慢できないと思うのだが、先生は一度も笑わなかった。いたって真剣なのである。コスプレという次元ではなく、紛れもなくこれは、儀式なのであった。(そう思うことにした)
 翌日私は右手全体が猛烈な筋肉痛になった。筋肉に自信はあったが、それは脚の話である。当然、ロマンスなんか微塵もなく、私は腕に湿布を貼り付けた。

 
 


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このストーリーに関するコメント

15/12/01 たま

珊瑚さま、拝読しました。
地獄谷先生って、以前にも登場しましたか? そんな気がします。
それと(私)も再登場みたいです。それで、そこのところが面白くて、キャラクターの使い回しといったら語弊がありますが、作者も楽しめると思います。
ところで(私)は女性でしょうか? 後半を読むと女性なんだと思いますが、読者によって判断が分かれると思います。たぶん、作者には再登場という意識があるのでしょう。

15/12/03 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

たしかに小説家の先生には奇人変人が多いと聞きますが、この地獄谷先生は極めつけですね。
全裸の体に写経するなんて・・・女性編集者なら、絶対にセクハラですよ。

名前といい、この地獄谷先生は奇人らしさがサマになってますね(笑)
とっても面白かったです♪

15/12/12 鮎風 遊

恐怖ですね、これは。
しかし、仕事となれば致し方ないのでしょうか。
だけどさすが文芸部、お経の漢字が筆で書けるなんて、エライ!
これで本が売れるのであれば、私も誰かに書いて欲しいです。

15/12/14 草愛やし美

そらの珊瑚さま、拝読しました。

いやはや、恐ろしい光景ですね。
この話を読ませて貰った数日前に、妖怪で有名な水木しげる先生がお亡くなりになったという訃報があったときでしたので、地獄谷先生が水木先生と重なってしまいました。
まさに奇人ですね、一度会ってみたいかも……面白かったです。

16/01/04 そらの珊瑚

たまさん、ありがとうございます。
ええと、地獄谷という名前ではなかったですが、似た作家は登場させております。覚えてくださっていて光栄です。
あらら、性別が…一応女性ってことで書きました。

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
本人がいたってまじめだから、たちが悪いかも(笑い)
奇人変人につきあう仕事も大変でしょうね。

草藍やし美さん、ありがとうございます。
水木しげる先生ほどになると別格の奇人であるかもしれませんね。
そうであるからこそ、あんなに素晴らしい作品が書けたのだと。
ご冥福をお祈りしたいと思います。

16/01/04 そらの珊瑚

鮎風 遊さん、ありがとうございます。
写経は暗記してたのかどうか……たぶん見本でも見ながら書いたのかも。
ということにしておいてください(笑い)

16/01/09 石蕗亮

拝読しました。
あー、わかるわかる、っていう共感がありました(笑)
和服で執筆は私もたまにしています。手書きも良いですね。
下書は私も手書きでしています。地獄谷先生に親近感を強く感じました。

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