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白蝙蝠さん

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二者択一

15/11/26 コンテスト(テーマ):第六十九回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 白蝙蝠 閲覧数:769

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 行くべきか、行かざるべきか。行ってどうなるというのか。いやいや、やっぱり行きたい。行かなくてもいいじゃないか、これまで通りで。逆に、行ったら何かが変わるかも。
 この男は何を悩み、逡巡しているのかというと、あるアイドルグループのライブに行こうかどうしようか、ああでもないこうでもないと思いを巡らせているのです。
 当時の僕は失業中で、転職支援会社・ハローワーク通い、応募書類作成と発送、たまの採用面接以外にやることがなく、ひまな時間、特に深夜にはyoutubeの動画を色々と漁っていました。そんな中、音楽PVを次々と観ているうちに、あるアイドルグループの動画に度肝を抜かれました。何と、アイドルの女の子たちが、全裸で、野山を駆け回っているのです。よく見ると、肌色の薄物を着ているようで、大事な部分は隠れていました。「こんなことがあっていいのか?」僕は驚きながらも、じっくりと鑑賞し、さらに彼女らの他のPVを探して次々に観ていきました。どれもこれもえげつないものでした。でも、曲自体は実にかっこいい、いわゆる「エモい」ものが多く、若いころはまっていたパンク・ハードコア系で、僕はすっかり彼女たちのとりこになりました。すなわち、CDをレンタルしてitunesに入れ、彼女たちの出演する深夜ラジオ・TVをチェックし、彼女たちがDJをつとめる深夜ラジオも毎週聴き、メールを出しました。もちろん、ツイッターも2chもフォローしました。こうして、僕のアイドルにハマる日々が過ぎていきました。
 そうこうしているうちに、近々彼女たちの単独ライブが開催されるという情報を入手しました。
 アイドルファン業界では、僕のようにもっぱら自宅でネットやメディアを通じてアイドルを鑑賞して楽しむ者のことを「在宅」といい、ライブ会場など実際にアイドルがいる場所は「現場」といい、在宅が初めて現場に行くことを「現場デビュー」というそうです。僕は別に彼女たちの誰かが好きというわけではなく、その曲が好きな「楽曲派」なので、これまでライブに行こう、現場デビューしようという気はありませんでした。ただ、今回のライブはこれまでで最大規模のもので、録画もないので、鑑賞するには実際に足を運ぶしかありません。
「ぜひ観に行きたい!」と思いました。でも、その直後、それを止めるもう一人の自分がいました。待て待て、自分の年を考えろ。恥ずかしくないのか。そんな所へのこのこ顔を出して、他のファンから変な目で見られたら、いたたまれないだろう。これまで通り、在宅でひっそりと楽しんでいれば何の問題もないではないか。
 だが、今の僕に守るべき何があるというのだろう。仕事もない。家族もない。転職支援会社の担当者以外、話す人すらろくにいないじゃないか。白い目で見られても、失うべき信用、社会的地位なんかない。だったら行こう。行かずに後悔するより、行って後悔しよう。
 こうして、僕はライブへ行くことを決意し、チケットを購入すべくインターネットへアクセスしました。しかも奮発して、物販でTシャツがもらえる特典付きのチケットです。
 ライブ当日になり、僕は会場へ向かいました。意外にも、緑地公園のような所にあり、家族連れたちが行きかう中、割と大きなライブハウスが見えてきました。僕はそこで、チケットに書かれている整理番号に従い入場を待ちました。
 周りには、僕と同じ、彼女たちのファンがいます。それがどれもこれも、「普段どこにいるの?何の仕事してるの?」と思ってしまうような奇抜な恰好をした人ばかりです。おかっぱのような髪型をした長髪男性、金髪でめちゃくちゃ派手な服を着た人、とうていまともではありません。ただし、なかにはハッとするようなイケメンも混じっていました。僕はなるべく目立たないように帽子、メガネ、マスクで並んでいましたが、誰も僕のことなど気にも止めません。
 やがて入場時間となり、スタンディングの会場内で待っていると、ライブが始まりました。とたんにファンたちは踊る、飛ぶ、駆け回るなど、知ってはいましたが物凄い騒ぎです。とてもアイドルのライブとは思えません。人の上に登ったり、クラウドサーフィンといって人の頭の上を転がりまわるなどやりたい放題です。ファン同士が肩を組む振りの時、ふと僕が肩を組んでいる人の腕を見ると、入れ墨だらけでした。でも、僕も我を忘れ、ライブに熱狂していました。サビの部分でみんな一緒に両手を上げて後ろを向く時、僕も同じ振りをしました。その楽しさは予想外で、「ああ、来てよかった」と心から思いました。
 そして、アンコールを待っている間、物販コーナーへ行き、欲しかったTシャツをゲットしました。やはり、迷った時、思い切ってやってみる、動いてみると、活路が開けるものなのだなあと、Tシャツを受け取りながら、僕は感慨にひたっていました。
 アンコールで会場に戻り、さらにヒートアップした中、彼女たちの一人が客席にダイブし、ファンとハイタッチを交わしだしました。近くに来たので、僕も手を出しました。しかし、明らかにするりと僕の手を避け、次の人にハイタッチをしました。ファンには受け入れられましたが、アイドル自身から拒絶されるという、どんでん返しが最後に待っていたのです。

 この日以来、そのアイドルの動画・曲を削除し、フォローも外し、一切手を切った。これを業界用語で、「他界」と言うらしい。


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