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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 小説プロット提供家
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天国と地獄

12/08/13 コンテスト(テーマ):第十二回 時空モノガタリ文学賞【 オリンピック 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:1810

時空モノガタリからの選評

最終選考

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3本目のカップ酒を飲み干した。
4本目のカップ酒を飲もうと、手をカップに伸ばしかけて止めた。
いつまでも、グズグズしていたら決心した心が折れてしまう。
部屋の蛍光灯は1ヵ月近く前に寿命が切れてしまい、それからは蛍光灯を点けない夜を春樹と2人で過ごした。
以外に月明かりは明るい。
六畳間の部屋の隅で、小学4年生の春樹が膝を抱えて畳の上に座っている。
俯く顔に前髪がかかり、さらに部屋が暗いのでよく表情が見えないが、おそらく絶望の表情をしているのであろう。
そんな春樹にかける言葉もなく、ただただ決断の瞬間を決めかねていた。
唇を舌で舐めて唾を飲みこむと、苦い味がした。とてもとても苦い味。悔しさや恨み、憎しみなどが混ざった苦味。
苦味を消したくて、4本目のカップ酒に手を伸ばした。
私ひとりだけだったら、4本目のカップ酒に手を伸ばす前にさっさと実行するのに、それが出来ないのは春樹がいるからだ。
春樹が不憫だと思った。
馬鹿な父と、アイツを恨めと心の中で思った。
暦はお盆の時期を向かえたと思ったら、日が暮れるのが少し早くなって、もう外は暗闇だ。
網戸越しに蝉の鳴き声がまだ聞える。
まだ半分残っているが、カップ酒を畳の上に決断の印を押すように力強く置いた。
私は、畳の上に置いているネクタイをゆっくりと持ち、春樹に顔を向けた。
「春樹、すぐに父さんもお前の後を追うから心配するなよ」
「お父さん、どうしても死ななきゃ駄目なの?」
春樹の両目の涙が、月明かりを反射して一瞬光った。
俺は鬼だなと思った。愛する息子を、これから自分の手で絞め殺そうとしているのだから。きっと私は地獄に落ちるだろう。
春樹の後をすぐに追っても、2人で天国に行く事は出来ない・・・。
アイツがとても憎い。生きたまま火あぶりにしてやりたい。

半年前に私の妻は、『元気で暮らして下さい。私も元気に暮らします』と、置手紙をテーブルの上に置いて、男と駆け落ちした。
妻に裏切られた私は、ショックで仕事を休みがちになった。
それから1ヵ月後、会社から解雇を言い渡された。
もう働く気にもなれず、今は貯金も空だ。
「父さんが死んだら、春樹ひとりでは生きていけないだろ」
「僕、死にたくない」
「お母さんを恨みなさい」
「なんでお母さんは、お父さんと僕をおいて、男の人と何処かに行っちゃったの?」
「悪魔な女だったんだよ」
「……」
「苦しまないように、一気に殺してあげるから目を瞑りなさい」
「お父さん、担任の坂本先生がこの前、授業中に言ってたよ。命を大事にしなさいって。人生は何度でもやり直しがきくんだって」
「坂本先生は嘘を言ったんだよ。父さんの言う事を信じなさい」
目から流れ落ちた涙粒を手の甲で拭って、「うん」と春樹は頷いた。
「お父さんにお願いがあるの」
「なんだい?」
「今ね、ロンドンオリンピックの男子マラソンがテレビでやってるの。それ観終わってから死ぬのじゃ駄目?」
網戸に顔を向けると、カナブンが一匹こちらの様子を盗み聞きするかのように網戸にへばりついていた。
春樹に顔を戻すと、まっすぐな目で私の目を見つめている。
「いいよ」

暗い部屋でテレビの明かりが眩しく映った。
ロンドンの市街地を、肌の色の違う選手達が金メダルを目指して競い合っている。
応援する観衆達。異国の建築物。
テレビ画面に映る先頭集団の中に、日本人選手が1人だけ苦しい表情をしながら加わっていた。
無言でテレビ画面を注視する春樹の後ろ姿を見つめながら、いつだったか春樹が、僕もマラソン選手になってオリンピックにいつか出たいと言っていたのを思いだした。
この子は、幼稚園児の頃から走るのが好きな子だった。
幼稚園の運動会では一番。こないだ行われた小学校の運動会でも一番だった。
1年前に春樹と一緒に出場した、市主催の親子マラソン大会が懐かしい。3キロのコースを春樹と一緒に完走したのだが、あの時はゴールにアイツが手を振って待っていてくれた。
テレビの実況アナウンサーが、先頭集団が35キロ地点を通過した事を伝えた。
膝立ちで春樹の後ろに立って、画面に釘付けになっている春樹の首にネクタイを巻きつけた。
「ごめんな春樹。ごめんな」
春樹はコクンと小さく頷き、私は一気に力を込めてネクタイを締め上げた。
テレビの実況アナウンサーが、先頭集団に加わっていた日本人選手が、先頭集団から引き離され始めた事を伝えていた。
涙は出なかった。やっぱり俺は鬼だと思った。
春樹の後をすぐに追うように、クローゼットのドアノブにネクタイをかけて、その輪の中に首を入れた。
テレビの実況アナウンサーの「負けるな!負けるな!」と言う声援が、とても悲しく耳に響いた。


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