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じゅんこさん

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黄色、金色

15/11/21 コンテスト(テーマ):第六十八回 【 自由投稿スペース 】 コメント:1件 じゅんこ 閲覧数:1111

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ふと頭をよぎった、懐かしい記憶に足を止めた。秋晴れの空に、鳥が泳いでいる。風が運んできたのが金木犀の香りだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
記憶が香りを仔細に思い出させることはないのに、香りは記憶を色濃く浮き立たせる。そして僕にとっての記憶の鍵は、ここ一帯の街路樹である銀杏の実から出るものでなく、黄色の香りでなくてはならない。
金木犀は日本には雄株しかなく、実を成せないそうだ。そう言った時、悲しげに笑って見せた彼女は今、どうしているのだろう。
一番に思い浮かぶのは、あの綺麗な指だ。華奢でしなやかな指が腕から伸びていることが、高潔な彼女の存在がより高みに到達するのを赦していた。




彼女と僕は高校の同級生だった。三年の二学期、彼女が学級委員に立候補したとき、僕はその手の美しさに気がついた。そして、彼女が手を挙げていることを心から称賛した。迷わず僕も学級委員になった。
彼女と関わることが、つまらない生活のスパイスになるとでも思っていたのか。彼女は魔法使いでもなんでもないのに。
僕は最初、彼女が手を挙げるのを応援していた。皆にもっと彼女の魅力を知って欲しい。彼女がもっと評価されれば良いのに、と考えていた。しかしやがて、授業で彼女が発言する度、誰かが彼女の指に気づいてしまうんじゃないかと気が気でなくなった。
それでも、僕らが二人きり放課後残されて作業をしている時でさえ、僕は盗み見るようにしかその指を見つめれなかった。


一度だけ、彼女と一緒に帰ったことがあった。秋の、金木犀の香りが漂う道の傍に自販機があり、そこで二人は立ち止まった。
「懐かしい香りがするわ」
そう言って、迷うことなくボタンを押す彼女が眩しかった。その頃、 僕は噂で彼女が遠く遠くの国公立大学を希望している、と聞いていた。どこにも行って欲しくなかった。それだけだった。
「金木犀は、日本だと雄株しかないみたいだね。不完全だ。しかも、全然金色なんかじゃないし……僕は嫌いだ」
金木犀の花言葉が「初恋」だということを、彼女は知っているのだろうか。
僕はこれからのことを、口に出す勇気がなかった。僕が言わないなら、彼女にも言って欲しくなかった。
「私、いつか大勢と仕事がしてみたいの。冴えない自分を卒業して、世界に羽ばたく人材になりたい」
蚕みたいな指を丸めて、僕は彼女から目を逸らす。
「金木犀はモンシロチョウが嫌うにおいを発するらしいね」
彼女は一瞬悲しげに笑っただけで何も答えなかった。そのかわり、睫毛を伏せて大きく息を吸い、そのにおいを体に取り込んでいた。





それから間も無く、受験の波が僕らを呑み込み、目が覚めた時、既に彼女は第一希望の大学への進学が決まってしまっていた。
僕が思い出せる彼女の香りは、永久に金木犀だけになってしまった。



僕は彼女を傷つけた。
彼女の顔を思い出すことはないのに、あのシャーペンを持つ右手の形だけは、いつでも説明できるよう、頭の引き出しの、一番深く、一番取り出しやすく、すぐ眺められるところに置いてある。
そしてそれは秋になると、懐かしい記憶としてふいに僕の脳を支配するのだ。驚いて顔を上げても、金木犀は見つからない。でも、確かに季節は巡ってきたのだと実感する。


微かな香りは、車のクラクションのけたたましい音を包み込みながら、ひっそりとそこに佇んでいた。










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15/11/21 じゅんこ



「魔法使い」「街路樹」「かすかな香り」「自販機」「スパイス」の5つの単語全て使い、短篇を書け。というお題のもと部活で書いたものです。

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