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海見みみみさん

はじめまして。 時空モノガタリで修行させていただいています。 焼き肉が大好物。

性別 男性
将来の夢 プロ小説家になること!
座右の銘 焼肉定食!

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奇人になる

15/11/19 コンテスト(テーマ):第九十六回 時空モノガタリ文学賞 【 奇人 】 コメント:0件 海見みみみ 閲覧数:1148

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「テキトーな設計図渡しやがって! ふざけるな!」
 深夜一時。劇団の稽古場でカリアゲさんは怒りの声をあげた。同時に地面に叩きつけられる失敗作の大道具。場の空気は緊張した物に変わった。



 もしあなたが奇人を探したければ、演劇の世界に飛び込めばいい。役者には個性的な奇人が嫌というほど溢れかえっている。
 だがその奇人の中にも二種類の人間がいる。奇人を演じている人と、素が奇人である人だ。カリアゲさんは明らかに前者の奇人を演じるタイプの人だった。

 カリアゲさんは二十代後半の男性だ。(もちろん髪型はカリアゲである)普段のカリアゲさんは真面目な人間の模範とも言えるような人だった。当時、某劇団に裏方の手伝いとして転がり込んだ私の世話を、カリアゲさんはよくしてくれたものだ。だが真面目が過ぎて、大道具作り(演劇の大道具は小さな劇団だと役者が作る)の最中、設計図のミスが発覚すると、キレてしまう事もあった。まあそれはご愛嬌だろう。
 そんなカリアゲさんも、舞台の上に立つと奇人に変貌する。大声を張り上げ、舞台中を駆けずり回り、時には一発芸としてアイスの一気食いをやってのける。更には腹にはマジックペンで顔を書き、上半身裸で奇声を上げていた。
 しかしカリアゲさんは舞台裏に来るとすぐに元の真面目なお人に戻る。そして我々裏方の人間にロスコという、煙を発生させる装置をもっと炊けと指示を飛ばすのだ。

 やはり舞台上のカリアゲさんは輝いていた。普段の真面目なカリアゲさんも良い。だが、奇人としてのカリアゲさんはその何倍も魅力的に見えた。

「「乾杯―!」」
 公演が無事終了し、居酒屋の大部屋を貸しきり、劇団で打ち上げをやる事になった。打ち上げには役者はもちろん、脚本家や照明さん、音響さん等も参加している。大抵そういった役者以外の人々は歴戦の強者であり、悪ふざけの大好きなおじさまでもある。私のような裏方の手伝い、つまり下っ端は各所にお酌をして回っては、その都度彼らにからかわれ翻弄されるのだった。
 もちろん打ち上げは終電を過ぎても終わらない。こういった打ち上げは一晩中飲み明かすのが通例になっている。演劇人はなぜか酒好きが多かった。
 午前三時を回った頃だっただろうか。私を呼ぶ声が聞こえたので向かうと、そこにはカリアゲさんの姿があった。
「ちょっとこれから発表があるから、場を整えてくれる?」
 その一言に即座に応え、私はカリアゲさんが何か発表する旨を各テーブルに伝えて回った。
 こうして場が整い、皆が注目する中、カリアゲさんはゆっくりと口を開いた。
「皆さんご注目ありがとうございます。……実はこの度僕は、劇団を退団してお笑い芸人を目指す事にしました!」
 予想外の発表。それは劇団長すら知らない事実だった。その場の空気が一瞬にして固まる。
(カリアゲさんがお笑い芸人? いや、そりゃ確かに舞台では三枚目の役が多いけど!)
 私も正直混乱していた。だが考えていくうちに、次第にある一つの真実を理解する。
 カリアゲさんはついに本物の奇人にメタモルフォーゼしたのだ。
 カリアゲさんの年齢は二十代後半だ。その状況でいきなりお笑い芸人に転職するという。将来性や安定した生活という言葉から程遠い選択。狂気しか感じない。まさに奇人だからこその行動だった。

 それからカリアゲさんは本当に劇団を退団し、お笑い芸人になるべく自らの道を歩み始めた。その後カリアゲさんがどうなったかは誰も知らない。

 そして今。私は三十代を目前に控え、あの時のカリアゲさんと同じ年齢に立ち、考えた。
 私はプロの小説家を目指している。私の事を一般的な人が見たら相当な奇人だと思うだろう。そんな夢叶うはずない。あいつはバカだ。そう指を指され笑われたって仕方ない。
 だが私は不思議とそれが怖くない。現状に不安を覚えないのだ。
 その理由を考えてみて、辿りつくのはやはりカリアゲさんの「私、お笑い芸人になります」宣言を生で見た事だろう。
 私は本物の奇人が誕生する瞬間を目撃してしまった。それが私の心の中で深く突き刺さり、奇人になる事への抵抗感を無くしているのだ。

 あと数年で私は三十代なる。奇人になる覚悟は、あの日もう既に決まっていた。


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