W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

1

宿題

15/11/16 コンテスト(テーマ):第九十六回 時空モノガタリ文学賞 【 奇人 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1135

この作品を評価する

カスミは腕をくみ、何やら考えこみながら帰ってきた。学校で出た宿題に頭をひねっていたのだ。
庭でちょうど父親が、夕食前の筋トレに励んでいた。
「おとうさん」
彼女が近寄っていくと、父親は腕を高く空にのぱして、がっしと月を両手でささえもつなり、よいしょとそれを胸までおろした。そして何度もそれを上げさげしはじめた。
「どうした、カスミ」
「先生から宿題がでて、『奇人』のことを調べてくるようにっていわれたの」
「それはまた難しいテーマだな」
「奇人なんて、ほんとにこの地上にいるのかしら」
「カスミ、地上はひろい。探せばきっとみつかるはずだ」
「母さんにきいてみるわね」
カスミはキッチンに続く裏口のドアをあけた。
母がいま鞘から抜きはらった日本刀に、照明が反射してまぶしい光を放った。
「母さん」
「ちょっとお待ち」
母親は統一した精神を乱されるのをおそれるかのようにぴしりというなり、刀を一閃させた。母の前で片手に大根、もう片手に人参をもっていた弟の祐司が身動きひとつしない間に、ぶつ切りにされた大根と人参が流しの上の鍋にきれいな放物線を描きながら次々に入っていった。最後の一個が入ったところで弟の口から炎が噴き出してみるまに鍋の中の野菜を軟らかく煮込みはじめた。
「なんなの」
「学校の宿題でね、『奇人』について調べるようにいわれたの。母さん、そんな人知らないかしら」
「さあね、会ったこともないよ」
「母さんも知らないの。こまったな」
弟がみかねたようにカスミに、
「二階の浜中さんにきいてみたら」
「浜中さんねえ……」
カスミは曖昧な顔つきでつぶやいた。
去年の夏の台風に、家の中にいろんなものが強風に吹かれてまいこんできた。その中に、浜中さんもまじっていて、彼は玄関からとびこんできた勢いのまま、二階に噴き上がっていき、廊下のつきあたりの部屋までころがりこんだのだった。それ以来浜中さんは家にすみついていた。浜中さんがきてからというもの家からゴキブリやムカデ、それにサソリにガラガラヘビにいたるまできれいにいなくなったので、いい人がすみついてくれたと家の者たちはみな感謝し、部屋代もとらないことにした。
「浜中さん、いる」
カスミがドアをあけると、浜中さんは体が床と平行を描く形で壁の途中に座っていた。
「やあ、カスミちゃん、なにか用かい」
「奇人のことについて、何か知らない」
「知らないね、そんなの。僕とは関係ないもの」
「やっぱり浜中さんも知らないのか」
そのとき、カスミの頭の上を飛びこえて大型昆虫が翅を翻しながらが舞いこんできた。浜中さんの口から舌が長々とのびたかと思うと、その大型昆虫をみごと舌の先で絡めとった。
「カスミちゃんのおかげて、おいしいごちそうにありつけたよ。わるいね、力になれなくて」
「ううん、いいのよ。浜中さんが台風のとき、家の外に吹き飛ばされなかったのはきっと、その舌のおかげね」
この、浜中さんの舌のおかげねというのは、カスミの家では一種の諺になっていた。いざというとき、思わぬものが身を助けるという意味がこめられていて、本人にそれをいうと、きまって浜中さんばちょっぴり得意そうに胸を張るのだった。
ふたたびカスミは庭におりていった。
そこでは父親が、月ひとつでは物足りないとみえ、リンゴをもぎとるようにわしづかみにした火星を鉄棒の端に、もう片側に月をロープでぐるぐるに巻きつけてバーベルがわりにしていた。二つの重量が異なので父は、絶えず左右を逆にしなければならなかった。
「カスミ、なにしょんぼりしている。ははん、まだ宿題ができていなんだな」
「そうなの。あ、おねえちゃんがかえってきた」
姉は傘をさして、自分の上に落ちてくる雨を防いでいた。空は晴れていたが、学校からずっと、雨は彼女一人にふりつづけていた。
「おねえちゃん」
きゅうに甘えたくなったのか、カスミが姉にしがみついた拍子に、傘が傾き、姉の頭にざあっと雨がふりつけた。とたんに姉の頭一面に赤や黄色、青紫の美しい花々がいっせいに開花した。
「どうしたの、カスミ」
「なんでもないの」
姉から離れるとカスミは、ひとまず宿題のことは忘れて、夕餉の匂いがただよいはじめた家の中にもどっていった。
カスミは、キッチンの壁にとりつけられた鏡のまえにきたとき、ふと鏡にうつる自分の顔に見入った。
月や火星をもちあげたり、刀で野菜を斬ったり、火を吐いて鍋を煮立てたり、壁にへばりついて昆虫をとらえたり、ひとり雨にふられて頭に花を咲かすことなどなにもできない自分をじっとみているうちに、ハッとおもいあたるところがあった。
このあたしこそ、奇人ではないのかしら。
その思いつきはやがて彼女の中で確信にかわっていった。
カスミは、ようやく宿題が解けた喜びにほっとしながら、みんなのあつまる食卓についた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/12/23 光石七

拝読しました。
家族も同居人も奇人だらけなのに……(笑)
でも、そういう環境で育つと奇人のほうが「普通」になってしまうのかもしれませんね。
カスミちゃんが提出した宿題が先生からどう評価されるのか、気になります。
楽しませていただきました。

15/12/23 W・アーム・スープレックス

『奇人』は正直、私にはお手上げにちかいテーマでした。いままでの作品の登場人物の大半が奇人変人だったので、いまさら何を描いたらいいのか途方にくれました。それでも、光石さんが楽しんでもらえたということで、よしとさせていたたぎます。

ログイン