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笛地静恵さん

SM小説家。妄想家。言葉遊び師。 三和出版『女神の愛』「女神帝國盛衰記」連載中 他

性別 男性
将来の夢 歌集、句集をだすこと。
座右の銘 永遠の未完成、これ完成(宮沢賢治)

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傾く前頭葉

15/11/16 コンテスト(テーマ):第九十七回 時空モノガタリ文学賞 【 他山の石 】 コメント:2件 笛地静恵 閲覧数:1247

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 ごおん。頭をぶつけました。ベッドから、ころげ落ちたのです。もともと、ねぞうは、わるい方です。でも、こんなことは、はじめてでした。
 立ち上がろうとしました。けれども、まっすぐに立てないのです。床がかたむいています。ベッドにつかまって、ようやく起き上がりました。
 部屋から飛び出していました。廊下の壁には、ロープがはられています。それをつたって、キッチンにたどりついていました。
 おかあさんが、食器をあらっていました。あたしの家は、高層のマンションです。去年、ひっこしたばかりです。お父さんの会社までは、今までよりも遠くなっていました。もう、家を出ていました。
 かたむいたテーブル。かたむいたグラス。かたむいたオレンジ・ジュースが出てきました。すべらないように、底にゴムのきゅうばんが、はってありました。
 背中をむけているお母さんに、えんりょがちによびかけていました。母は、低血圧です。朝はきげんが悪いのです。
 あたしは、もしも自分が母親になれたら、子どもに対しては、いつも笑顔を見せていたいと、思っています。
「床が、かたむいていない?」
「そんなの、あたりまえじゃないの!?」
 冷たい声でした。あ。やっぱり。キレています。背中にトゲの生えているのが見えるようです。髪の毛の中から二本の角が出ています。
「この前の地震で、またひどくなったでしょ。まったく、やんなっちゃうわ!」
 そうだったでしょうか。
 あたしの家のあるマンションは、かなり高層のビルです。湾岸に立っています。一年前の地震では、根元まで津波が襲来しました。窓から都市の風景を、一望に見おろすことができました。  
 どのビルも、あちらこちらに、かたむいています。まっすぐに立っているものは、ひとつもありません。こわれているものもあります。つっかい棒を、杖のようについている建物もあります。
 内陸には真黒な区画がありました。火事で焼かれたままになっている場所です。廃墟でした。
 あんまりひどい被害だったので、あたし自身が、わすれようと思ったのでしょうか。大脳が痛くなってきました。あたしも母と同じで、頭痛持ちです。前頭葉の左半分を重く感じました。
 三角のトーストにかみついていました。ハムとチーズがはさんであります。キャベツがほしかったのですが、文句はいえません。母のきげんを、もっと悪化させてしまうことになるからです。
「そんなことより、時間は、だいじょうぶなの?また遅刻するわよ!」
「あ、いけない」
 あたしは、立ち上がっていました。壁の時計もかたむいています。長針の示す時刻をかんちがいしていました。
「うわあ、もうこんな時間」
「もう、ほんとに、グズなんだから!!」
 お母さんのことばのトゲに、背中をちくちくとつきさされながら、マンションの部屋を飛び出していました。
 エレベーターが止まっています。《使用不可》という張り紙がはってあります。
 階段を使うしかありません。地上からは、四十階分の高度があります。途中で、階段が崩れ落ちている場所があります。ロープを使って、ターザンのように渡っていきました。からだが、この動作をおぼえています。
 一階についたときには、高校の制服が、汗びっしょりでした。疲れていました。息が荒くなっています。
 しかも、地面は、どこもかしこも、デコボコでした。平らな場所は、ほとんどありません。坂道ばかりです。杖をついている人もいます。なんだか地面が揺れているような気がしました。
 かたむいた電柱にもたれていました。
「どうした?」
 知った声がしました。おさななじみです。同じ高校にかよっていました。不良といううわさがありました。しばらく登校していませんでした。
 その間に背丈が少しのびていました。頬がこけて影が落ちています。黒髪のみだれてかかる顔がひきしまっています。おとなびていました。いい男になっていました。
「遅刻するぞ」
 二人で歩き始めました。しかし、頭痛がしました。前頭葉の左半分に鉄の板がはられています。左半身が重いような気がしました。足元がふらふらしています。
「ちょっと、肩につかまってもいいかしら。めまいがするの」
「いいけど」
 恥ずかしそうな顔をしながらも、ゆるしてくれました。もともとなで肩なのですが、制服の下の肩には、筋肉がついていました。どこで何をしていたのでしょう。苦労したようです。たのもしく感じました。
「荷物もってやるよ」
 けっこう優しかったのです。
 学校が見えてきました。今までは上り坂だったのですが、下り坂になっています。高台にあった学校が、くぼ地の底にありました。
 だいじょうぶです。遅刻しないですみそうでした。
 世界は。かたむいてしまっています。それでも、なんとかやっていけそうです。


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このストーリーに関するコメント

16/01/06 光石七

拝読しました。
ですます調の平易な語り口と傾いたまま日常が続く社会、独特の雰囲気が魅力的だと思いました。
どんな世の中になったとしても、人とのつながりやふれあいが支えになる。
作中の世界の状況にやるせなさを覚えつつ読み進めていましたが、ラストに心がぽうっと温かくなりました。

16/01/06 笛地静恵

お読みいただき、感想ありがとうございます。
くらい時代なので、せめてモノガタリの世界だけでも、
なんとかあかるいものにしたいと考えています。
(笛地静恵)

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