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メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
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愛しい変な人

15/11/16 コンテスト(テーマ):第九十六回 時空モノガタリ文学賞 【 奇人 】 コメント:2件 メラ 閲覧数:1548

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 人間の意識は不思議なものだ。何故なら自分がフォーカスしている対象によって、この世界はいくらでも変容するからだ。
 例えば妻が妊婦だった頃。
 街を歩くと、世界には妊婦さんがたくさんいるのだと知って驚いた事がある。
 しかし、それまで妊婦さんに気がつかなかったのは、街に妊婦がいなかったわけではなく、自分の意識になかったからだ。
 そう思って、たとえば赤い色の服を着ている人をフォーカスすると、世の中は実に赤い服の人であふれている事が分かったりする。世界は自分の意識の投影なのかもしれない。
 そんな前置きをふまえつつ話をすすめる。
 僕は若い頃、いつもフォーカスしていたことがある。
 それが『変な人』だ。
 特に理由はない。後々に話のネタになったが、当時はただ、奇抜な人、けったいな人、奇特な人達が自然と起こす、奇妙で珍妙な出来事を見るのが一種の『趣味』だったのだ。若いって、暇なもんだと今は思う。
 そんなわけで、僕は常に「変な人」とか「おかしな出来事」をフォーカスしていた。だから当然、そういう人によく出会ったし、変な出来事に巻き込まれたりした。おかげで命からがらのスリリングを味わったり、常識や概念を根底からぶっ壊されるほど、驚愕したり打ちのめされたりした。
 そのすべてを紹介するとなると、僕は上・下巻の長編エッセイを書けるほどネタは豊富だが、今回はそのほんの一例を紹介するにとどめる。
 ある日の夕方。僕は友人と二人で、新宿駅からJR埼京線に乗って、当時僕が住んでいた赤羽に向かっていた。
 電車はそこそこ混んでいたが、取り立てて何か変わった様子は見受けられない。しかしその中で、僕はまたそれを見つけてしまったのだ。
 池袋駅で乗り込んできた三十前後と思われる男性。なんと彼は、その手に『トンカチ』を持っていたのだ。『金槌』『ハンマー』。呼び方は何でもいい。ただ、いわゆる釘を打つための、くぎ抜き一体型のトンカチを、むき出しで手に持っている。もしそれを人の頭に振りかざしたら、頭蓋骨を粉砕するに十分な破壊力があることは言うまでもない。
 しかしほとんどの乗客が、電車でそんな凶器を持っている人物がいるなどと、微塵にも気づいていない。何故なら彼はいたってごく普通の、取り立てて目立たない容貌の男性。しかも、そのトンカチを持つ姿が、いたって自然だったからだ。
 彼はトンカチを網棚に置いた。まるで疲れたサラリーマンがバックを置くように。そしてつり革に捕まり、窓の外に視線をやる。ちなみに荷物は他に持っていない。
 僕と友人だけが、彼の異常さに気づいていた。むき出しのトンカチを持って電車に乗り、それを網棚に乗せるという荒業をさらりとやってのける男。マトモとは思えない。
 僕らはその時点で、ワクワクしてしょうがなかった。今後彼が何をしでかすのか、大いに期待してしまった。
 彼は次の板橋駅に着く直前に、網棚のトンカチを手に取った。そこで初めて、目の前に座っていた女性がぎょっとした顔をした。そりゃそうだ。目の前で鉄のハンマーを振り下ろされるような動きをされたのだから。
 しかし、もちろん本人は自然な動作。ただ、網棚の荷物を手に取っただけだった。僕はそれを見て噴出しそうになった。
 彼は板橋駅で降りた。僕と友人は予定そっちのけで彼の行動が気になり、一緒に駅を下りてこっそり後をつけた。
 彼はトンカチ片手に改札をくぐり、軽い足取りで夕暮れの駅前を歩くと、すぐに駅前のマクドナルドへ入った。
 僕らもすぐ後に続いた。
 彼は先ほど電車でそうしたように、トンカチをマックのカウンターに載せてからメニューを眺めた。
 若い女性の店員二人ほど、ぎょっとした顔つきになる。そりゃそうだ。いきなり金槌を出されるなんて。もしここが銀行なら、カウンター下のスイッチが密かに押され、頭取がカラーボールを手にするところだ。
 僕らは笑いを堪えながら、すぐ後ろで彼が次に何をするのかを観察し続ける。
 しかし、彼はその後、いたって普通のセットをテイクアウトで注文しただけで、支払いやその応答もいたって普通だった。店員はかなりびくびくしていたが、注文が終わると彼がトンカチをカウンターから下ろしたので、騒ぎには至らなかった。
 彼は注文の品を受け取ると、そのまま板橋の住宅街に消えていった。僕らはもう十分楽しませてもらったとして、彼の尾行を終わりにした。マックの店員の凍りついた表情が忘れられない。スマイル0円も台無しだ。
 世の中には変な人がいる。しかし、彼らが望んでそうしているのかどうかは別として、この世の中をちょっとだけ面白くしているのは確かだ。少なくとも僕の人生は、彼らの存在でとても色づいたと思っている。だから彼らは時として迷惑な存在だが、僕にはとても愛しい存在でもある。


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このストーリーに関するコメント

15/11/23 泡沫恋歌

メラ 様、拝読しました。

人間長生きすると、いろいろオカシな人を目撃します。

どうみても男なのにスカートをはいて電車に載ってた20代の男とか、
私たち家族3人でテイクアウトのお店のテーブルに座っていたら、
まったく知らない男性が、他の席がいっぱい空いているにも関わらず・・・
私たちの席に座って食べだした時は気持ち悪かった。

いろいろ居ますよね「奇人」さんって(笑)

15/12/17 光石七

拝読しました。
冒頭の「世界は自分の意識の投影」という言葉に頷いてしまいました。
トンカチを持った男性の観察、怖がるよりも楽しまれたのがすごいです。でも、確かに変わった人が世の中を面白くしているのかもしれませんね。
機会があれば、上・下巻の長編エッセイも書いていただきたいです。

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