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鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そのために、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 テーマに沿った個別物語の他に、いくつかのシリーズものをコツコツと書き続けさせてもらってます。 その主なシリーズものを紹介させてもらいます。  ☆❤☆❤☆ 新シリーズ 『ツイスミ不動産』 __ 2017.07.16よりスタートさせてもらいました。 カサリンとクワガタ野郎があなたが求める終の棲家を紹介いたします。  ☆❤☆❤☆ 『刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)』 __ 2017.05.21 ただ今、27話 __ 1話完結の2000文字推理小説です。この少ない文字数の中で、百目鬼刑事と部下の芹凛(せりりん)がいかに事件を解決していくか、その醍醐味を味わって頂ければ、光栄です。 これからも引き続き難しい事件に挑戦して参りますので、よろしくお願いします。  ☆❤☆❤☆ 『漢字一文字の旅』 __2017.04.04 ただ今、連載41__ 漢字にまつわるエッセイです。  ☆❤☆❤☆  『歴詩』 __歴史上の人物になりかわって、その波瀾万丈の生き様の思いを詩に綴らせてもらってます。 本作品については、フォト音(on)小説という形で、you tubeにもUPさせてもらってます。 詳細はこちらHPです。  ☆❤☆❤☆  http://ayukazeyuu.net/index.html  ☆❤☆❤☆                         よろしくお願いします。              

性別 男性
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父と母の高校野球

12/08/10 コンテスト(テーマ):第十一回 時空モノガタリ文学賞【 高校野球 】 コメント:8件 鮎風 遊 閲覧数:3123

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 遼一は母・幸子(さちこ)が一人暮らしをしていた実家に戻り、片付けをしている。そして弔いのために、母が好きだった高校野球のTVのボリュームを上げる。部屋中に歓声が轟く。そんな時に、大事そうに仕舞われてあったノートを見つけた。

 遼一はなんとなく感じ取った。それは母が遼一に伝えておきたかったことではないかと。
 遼一は拾い読みをした。そしてそこには遼一が知らない母がいたのだ。

 甲子園を目指しての県大会、その9回の裏、スコアは2対1。2塁3塁に走者を出してはいるが、すでに2アウト。このまま逃げ切れば、甲子園に出場できる。
 マウンドに立つ拓史は2ストライクと打者を追い込んでいた。

「拓史、頑張って!」
 マネージャーをしていた幸子は大きな声をかけた。しかし、この声援はいつもと違っていた。それまでは「拓史君」と君付けしていた。だがこの時は本心の叫びなのだろうか、より近しい呼び捨てとなってしまった。
 拓史が微かに頷いた。甲子園に共に行き、そこから一緒に生きて行こう。そんな決意を高校生なりにもしたのかも知れない。
 
 拓史は勝利への1球を、キャツチャーの洋一が構える外角一杯に投げた。そのボールはそこへ真っ直ぐ吸い込まれていくはずだった。
 だが、幸子への雑念が襲ったのだろうか、白球はホームベースの前で不規則なショートバウンドとなった。
 きっと洋一もここ一番の球筋に慌てたのだろう。普段なら身体で止めるところだったが、後逸してしまった。

 当然、3塁走者はホームへと突進する。洋一はバックネットへと駆け寄り、そこで拾い上げたボールを、カバーに入った拓史に返した。しかし、3塁走者はすでにホームベースを踏んでいた。
 同点だ。しかしまだチャンスはある。ここで辛抱すれば良かった。

 しかし、2塁からの走者は3塁ベースから大きく飛び出してしまっている。拓史は血が騒いだのだろう、3塁カバーに入っていたショートの大介に投げた。しかし、今度はこれを大介が後逸してしまった。
 結果、3対2の逆転サヨナラ負け。まったく下手な野球をやってしまった。そして甲子園への夢は露と消えてしまったのだ。

 エラーの連鎖で自滅。拓史と洋一、そして大介は自分のプレーを責めた。
 そして幸子は、この不幸の始まりはあの時叫んだ「拓史!」からだった。ここ一番のあの場面で、恋心をむき出しにし、拓史に心の負担を与えてしまった。舞い上がった自我で、みんなの夢を奪ってしまったと悔やんだ。

 しかし、もう時は返らない。
 それ以来、拓史と幸子はもう目を合わすこともなくなった。

 それから10年の歳月が流れた。そんなある日、洋一から連絡があった。それは、あの時の1球を拓史に投げ直させてやりたい、だから母校のグラウンドへ出て来て欲しいというものだった。
 幸子にとってほろ苦い青春の想い出、だが今も拓史のことが好きだ。会ってみたい気もする。

 それは炎天下のグラウンド、洋一から声がかかってきた。
「幸子さん、審判やってくれない」
 拓史はもうマウンドに立っている。そして大介はショートに位置取り、洋一はミットを構えている。

 10年経って拓史はどんな球を投げてくるのだろうか、幸子に興味が湧いてきた。甲子園への夢を打ち砕かれたあの1球のやり直し、だからストライクでなければならない。
 拓史が両手を大きく振り上げ、ゆっくりと投げた。白球は緩やかな放物線を描き・・・・・・、洋一のミットへとバシッと入った。
 幸子は、これは現実の中で起こってることなのだろうかと目を疑った。そして放心状態に。
 そんな幸子に、「このボール、拓史に渡してやってくれ」と洋一が白球を握らせてくれた。幸子はこれが成り行きのように、拓史へと駆け寄った。

「拓史さん、ナイスボールだったわ。これで私たちの高校野球はやっと決着がついたのね、ありがとう」
 拓史にボールを手渡した。だが、「もう大丈夫、だから・・・・・・」と拓史の歯切れが悪い。
「幸子さん、こいつマジメだろ。だから、このやり直しのストライクを取らないと、次の一歩が踏み出せなかったんだよ。さあ拓史、もう過去は良いから」
 そばに来ていた大介が口を尖らせた。それに応え、拓史は幸子を正面に見据える。そして唐突な直球が。
「幸子さん、僕と結婚してください」

 そう言えば、拓史はいつもそうだった。幸子は昔と変わらぬこんな拓史に笑えてきた。しかし、ここは返事をしなければならない。幸子は精一杯の声を上げた。
「ストライク!」

 母・幸子は父・拓史を追って、ついこの間逝った。今遼一は父と母の恋物語を知り、熱いものがこみ上げてくる。
 そんな部屋一杯に、高校野球の歓声が響き渡っていくのだった。

                          おわり


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このストーリーに関するコメント

12/08/10 草愛やし美

ご両親の結婚の経緯をこういう視点から知った息子さん、きっとこのご両親の元に生まれてよかったと感慨深いことだろうと想像して楽しみました。
お二人は幸せだったことでしょうね。甲子園への切符も大事ですが、人生の幸せへの切符を手に入れられたんですもの。

12/08/11 泡沫恋歌

鮎風さん、拝読しました。

両親の結婚のいきさつをこんな風に知った息子の気持ちってどうなんだろう?

甲子園には行けなかったけど、ふたりで人生のバッテリーを組んできた
やってきた両親は幸せだったと思います。

12/08/18 ドーナツ

いいお話ですね。

拓史は試合は終わっても、納得のいくボールを投げたいという思い、とても良くわかります。それが出来た時に、幸子へ投げた愛のことばが見事なストレートで、受け取ってもらえた、こういうシチュエーションはすごくドラマチックだと思います。

このご夫婦は 最後まで仲が良かったんですね。人生の大事なものが何か 遼一も見事キャッチしたとおもいます。

12/08/21 そらの珊瑚

鮎風さん、拝読しました。

甲子園という大きな舞台での後悔はもしかしたら一生ひきずってしまうほどのものかもしれませんね。
それを乗り越え結ばれた両親のことを息子はきっと誇らしく思っていることでしょう。

13/11/29 鮎風 遊

草藍さん

コメントありがとうございます。

人生の幸せへの切符、なかなか手に入りませんが。
遼一は父と母の物語を知り、良かったです。

13/11/29 鮎風 遊

泡沫恋歌さん

コメントありがとうございます。
遼一はほっとしたと思います。
父母の人生、ハーピーでした。

13/11/29 鮎風 遊

ドーナツさん

コメントありがとうございます。

ナイスキャッチでした。

13/11/29 鮎風 遊

そらの珊瑚さん

コメントありがとうございます。

遼一にとって、父と母の物語を知り、良かったです。

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