1. トップページ
  2. 泣き虫じじい

泉 鳴巳さん

泉 鳴巳(いずみ なるみ)と申します。 煙と珈琲とすこしふしぎな方のSFが好きです。文章を書くことが好きです。短編が好きです。 まだまだ拙いですが皆様の作品を拝読して勉強させて頂きたいと思います。宜しくお願い申し上げます。 HP:http://izmnrm.wpblog.jp/ Twitter:@Narumiluminous

性別
将来の夢 不労不仕
座右の銘 見ている世界を信じるな

投稿済みの作品

2

泣き虫じじい

15/11/08 コンテスト(テーマ):第九十六回 時空モノガタリ文学賞 【 奇人 】 コメント:2件 泉 鳴巳 閲覧数:1393

この作品を評価する

 今からするのは、ぼくがまだ子どもだった頃の話だ。
 変わった人間はどこにでもいる。けれど、当時ほくが出会った人物も、なかなかのものだったと思う。
 
 その人は、ぼくを含む近所の悪ガキたちから「泣き虫じじい」と呼ばれていた。
 今思えばじじい≠ニいう歳でもなかった。たぶん三十代後半から四十代前半くらいの歳だっただろう。
 脚が不自由なのか杖をついて歩くその人は、夕方ごろにぼくらの遊び場だった公園にやってきて、ベンチに腰掛ける。
 そして暫くの間じっと空を見つめた後、声を上げることなくぽろぽろと涙を流す。そして日が落ちた頃おもむろに立ち上がり、公園を出て行く。それを、一日も欠かさず繰り返すのだ。
 はじめは不気味に思ったが、特に危害を加えてくるわけでもない。人間とは慣れる生き物で、数日、数週間、数ヶ月と続くうちに、ぼくらは彼が気にならなくなっていた。

 そしてある秋の日のこと。その日仲間たちはみんな風邪だとか家の用事だとかで、結局公園に来たのはぼくだけだった。
 一人で遊んでもつまらない。今日はもう帰ろうか、キイキイと軋むブランコを揺らしながら思った矢先だ。公園の入口に足を引き摺って歩く泣き虫じじいの姿が見えた。
 ブランコとベンチは公園の端と端だった。ぼくは視界の果てでベンチにゆっくりと腰掛ける彼の姿を何気なく眺めた。
 杖を立てかけ、しずかに腰を下ろす。そして夕焼けの空をじっと見つめる。
 その様子をぼくも見つめていた、その時だ。
「いつまでああしているつもりかしら」
 横から聞こえた声に驚き首を回すと、隣のブランコにはいつの間にか女の人が腰掛けていた。
 古びたブランコは触れただけで音がするはずなのに、全く気配を感じなかった。それは、まるで。
 言葉が出ないぼくに向かって、その人は薄く微笑んだ。白いワンピースを着た、綺麗な女性だった。
「ほんと、仕方がない人よね」
 微笑みを崩さぬまま女性は眉尻を下げる。そして、ふわりと立ち上がると、ぼくの額に掌をそっと当てた。
 ひやりとした感触が伝わると、ぼくはなんだか急に眠くなって、気付いたら自分の家の前にいた。どうやって帰ったのか全く覚えていなかった。
 ぼくはなんだか怖くなって、急いで玄関に飛び込んだ。
 その日見た夢の中、ベンチに向かって歩いて行くワンピースの後ろ姿を見た気がした。

 あくる日も、ぼくはひとりだった。
 ぼくはまたブランコに腰掛け、公園の入口に目を遣った。しかしいつまで待っても、泣き虫じじいは現れなかった。
 すでに暗くなり始めた公園をぐるりと見回す。散歩をする老人も、赤ん坊を連れた母親も、学生のカップルもいない。本当に一人っきりだ。
 ぼくはブランコから立ち上がり、いつも彼が座っているベンチに向かった。
 古びた座面にとすんと腰を下ろす。そしていつも彼がしているように、空を見上げてみた。
 しばらくそうしていると、突然予感のようなものを覚えた。
 座面の裏に手を入れる。何かが貼り付けられている。慎重に剥がし手に取るとそれは茶封筒だった。
 口が折ってあるだけで封はされていなかった。迷った挙句ぼくはそっと中を見た。綺麗に畳まれた便箋が入っていた。
 ゆっくりと便箋を開くと、記されていたのはたった一言。
『どうか、ぼくをここから連れ去ってくれないか。』
 
 * * *

 あれからぼくが、泣き虫じじいの姿を見ることは二度となかった。
 後から聞いた話だが、彼は交通事故で奥さんと娘さんを亡くしていたらしい。
 事故後、仕事もせず毎日公園へ向かう彼の様子は、近所の奥様たちにとって格好の噂の種だったようだ。
 しかしその奥様たちも、彼の行方は知らなかった。
 彼がいったい何処へ消えてしまったのか。それは今でも謎のままだ。
 
 一度だけ、彼と家族の写真を見たことがある。
 どうしても確かめたいことがあったぼくは無理を言って、町内会の集まりで撮ったという写真を見せてもらったのだ。
 そこには彼と彼の奥さん、そして娘さんが写っていた。

 あのワンピースの女性は、どこにもいなかった。



コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/12/23 光石七

拝読しました。
ワンピースの女性は一体誰だったでしょう? 
全体的に淡々とした語り口ながらすっと引き込まれる雰囲気があり、安易な辻褄合わせで終わらせなかったことで、より印象に残るお話になっていると思います。
素敵なお話をありがとうございます。

15/12/23 泉 鳴巳

光石七様

個人的な好みですが、一から十まで説明するより十のうち三か四くらいしか最後まで分からないような話が好きなので、そう仰って頂けて大変嬉しく思います。(あまりに分からないところが多すぎても「へえ、そういうことがあったんだ」で終わってしまうので難しいところですが……)
ワンピースの女性の正体は一応頭の中には用意してありますが、敢えてどのようにも取れるように書きました。
お読み頂きありがとうございました。

ログイン