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空乃星丸さん

私がこの時空に現れて、地球は太陽の回りを60周しました

性別 男性
将来の夢 ピンピンコロリ
座右の銘 われ思う、x”&%

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奇病か奇人か

15/11/07 コンテスト(テーマ):第九十六回 時空モノガタリ文学賞 【 奇人 】 コメント:0件 空乃星丸 閲覧数:1024

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 奥山メンタルクリニックは今朝も多くの患者がいた。ここ数年、老若男女、各世代の人が来る。格差社会の拡大、いじめ、学資の高騰、非正規雇用の増加、少子化、年金問題、老老介護など、生活苦に絶望した人が増え、未来に希望を見つけることが難しい時代である。多くは、うつ病であった。

土曜日、午前診療だけである。青年が最後の患者であった。診察室に入り、椅子に座ると青年は、
「私は殺されたいのです。精神病でしょうか」
と、唐突に医者に言った。
医者はやや困惑して尋ねた。
「死にたいのですか」
「死にたい訳ではなく、殺されたいのです」
医者はさらに困惑した。この仕事を30年以上もやっているが、こんな変なことを言う患者は初めてだ。それにまだ二十代。
医者は青年に尋ねた。
「仕事の悩みとか、よく眠れないとか、なにかありませんか」
「仕事は面白いですし、寝つきもよく、熟睡しています」
青年は、はつらつと答えた。
さらに医者が青年に尋ねた。
「給料が安い、パートで生活が苦しい、病気の親御さんを看病している、彼女と結婚できないとか、何か悩み事はないのですか」
「一応、国立の京東大学のラグビーの主将で、主席で卒業し、四菱コンツエルンに入社し、今27歳で課長です。海外市場の開拓をやっています。両親も健在で、最近親父が70歳で会社の経営を退きました。私に後を継がせたかったようですが、今の会社が気にいっていますし、これと言って死にたくなる理由はありません。悩みは、簡単に殺されないことです」
と青年は答え、日焼けした顔に白い歯が似合う。実家は金持ち。一流企業で、若くして出世の道を歩み、さらには背が高く、容姿もよく、知性の漂うスポーツマンタイプである。モテない筈がない。奇病なのか奇人なのか。

医者はさらに尋ねた。
「いつからそう願うようになったのですか」
「うーん、昨年、課長になった頃でしょうか。夜、ベッドの中で、ふと殺される時どんな気持ちなのだろうと思って以来、四六時中、頭から離れなくなりました」
「仕事に支障はないですか」
「ええ、仕事や人間関係も特に問題は無いです。殺されたいとは常に願っていますが」

「女性関係はとか、どこか体に悪いところがあるとか……」
「ええ、3年付き合った彼女がいましたが、この願いに取りつかれ、彼女を不幸にしたくないと考え、別れました。また、毎年の健康診断も問題なく、風邪もひかず、医者にもここ10年以上行ったことはありません。先生の病院が久しぶりの病院です」

「ただ、殺されたいのですか」
「ええ、殺されたいのです」
温厚な奥山医師も多少苛立ってきた。
……この青年、人を馬鹿にしているのか……
医者の心中を察したかのように青年が言った。
「絶望はしていないので、自殺の理由はありません。ただ、殺されたいのです」
医者は控えめに尋ねた。
「性的な嗜好のMであるとか……」
「先生にそのような質問をさせて申し訳ありません。そういうものではありません」
ときっぱり、爽やかな笑顔で答えた。
……この笑顔なら、誰でも好感を抱くわなあ……
と医者は思った。

青年は話し始めた。
「一度、その筋の親分のところに行きました。お金を払うから殺してほしいとお願いしましました。しかし、ここへ一人で来る、タマの座ったやつはそうはいねえ、と言われまして。逆に気に入られて、組に入るように勧誘されたので丁寧にお断りしました」
医者は黙って聞いていた。
青年は話を続けた。
「仕事の知り合いの、マカオの華僑に話をしました。さすが、一流の殺し屋にも伝があり、紹介してくれました。ゴロゴ14という裏の世界では知らない者はいない、超一流のスナイパーでした。前金を口座に振り込み、道を隔てたビルの屋上から、向かいのビルで私が窓辺でコーヒーを飲んでいるところを、サイレンサーの付いたライフルで撃ってもらうことにしました。ところが、こともあろうに外しちゃいまして、彼は私を撃ち殺すことなく、腕が落ちたことを悲観して、ビルから飛び降りて自殺しちゃいました」
さらに青年は話を続けた。
「交番にも行きました。警官に銃で撃ってくださいと頼みましたが、正当防衛でも簡単に撃てない。ましてや何もしていない市民を撃てるわけない!と怒られまして、病院へ行くよう諭され、先生の所に来た次第です」

医者は困り果て、
「特に処方すべき薬もないですねえ。カウンセリング受けに来週も来てください」

青年は次の予約を取って病院を出た。横断歩道を渡っていた。向こうから歩いてきた少年とすれ違うとき、交差点を暴走した車が信号無視で、二人めがけて突っ込んできた。青年はとっさに少年を突き飛ばし、少年はかすり傷で済んだ。犠牲となった青年は即死であった。彼の願いは思わぬ形で叶ったが、殺され方に納得したかどうかは、不明である。



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