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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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8

マリッジリング

15/11/02 コンテスト(テーマ):第九十四回 時空モノガタリ文学賞 【曖昧】 コメント:16件 泡沫恋歌 閲覧数:1760

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 港の埠頭で夜釣りをしていたら、いきなり近くで大きな水音がした。
 何だろうと懐中電灯で照らしてみたら女が海に飛び込んで溺れていた。もがきながら段々と女は海中へ沈んでいく、これはヤバイと思った瞬間、俺は飛び込んで女を助けようとしていた。
 千葉の南房総生れ漁師の子の俺は泳ぎには自信あるが、海中でもがく女を助けるのはまさに命懸けだ。何とか岸に上げることができたが海水飲んだらしく女はぐったりしていて、顔を横向けて水を吐かせて人工呼吸をしていたら、しばらくして女の意識が戻った。
「大丈夫ですか?」
「……どうして死なせてくれなかったの」
「目の前で人が溺れているのを放って置けるわけない」
「そうね……」
 見たところ、女は三十歳くらい薬指に指輪をしているので人妻らしい。身なりは紺色のスーツでブランド物のようだ。化粧は水に濡れてとれかけているが濃い目。岸に抱き上げる時に香水に匂いがした。どういう素性の人か知らないが水商売か、セレブの奥さんのようである。埠頭には女の荷物らしいブランドのボストンバッグが置いてあった。
 この近くで祖母が民宿をやっているので、びしょ濡れの女をそこへ連れて行く。
 寝ていた祖母を叩き起こして「この人、海に落ちたんだ」と説明したら、風呂を沸かして簡単な食事を用意してくれた。

 風呂に入って、着替えた女は意外と楚々とした人妻風だった。あんなことがあった後だけに食事は少し箸を付けただけで残した。
 部屋に布団を敷いて貰い、「今夜はここで休んでください。遅いので僕はもう帰ります」と告げて行こうとしたら、布団の上に茫然と座っていた女が「待ってください。話を聞いて貰えませんか?」と縋るような目で俺に頼んだ。
 入水自殺をしようとしたくらいだから、相当深い悩みを抱えているのだろうと話を聞いてやることにした。

 ――ここからは彼女の話を掻い摘んで説明していく。

 女の名前は宮田茉里絵(みやた まりえ)、東京からきた主婦で子どもはいない。仕事は外資系の化粧品メーカーの美容部員で新宿のデパートで働いている。半年ほど前から夫が失踪していて、私立探偵などを雇って調査していたら、この近くのアパートに夫らしき人物が居るということが分かったので捜しにきた。
 だが、会いにいった彼女が見たものは他の女性と暮らす夫の姿だった。しかも相手は妊婦で臨月の大きなお腹を抱えていた。夫に説明を求めたら、自分の子どもを宿している彼女と一緒に暮らしていくつもりだという。黙って家を出たのは、出産するまで騒動にならないように秘密にしたかったからで、無事に生まれたら離婚するつもりだと。
 女が東京に帰ってもう一度やり直そうと懇願しても、夫は「彼女を愛してる。君とは別れる」と頑として受け入れなかったそうである。
 妊婦から夫を奪い返すこともできず、女は泣きながら帰ったという。
 
 夫が妻以外の女性との間に子どもを作って家を出る。よくある話だが当事者にとっては納得できない理不尽な話だろう。たしかにショックで海に飛び込みたくもなる。
「夫は……指輪をしてなかったんです。私たち夫婦の誓いマリッジリングを外していました。ひどい……」
 か細い声で女は嘆く。
「結婚指輪なんて、外してしまえが既婚者かどうか分からなくなる」
 と俺が答えると、女は薬指の指輪を外した。
「生涯の伴侶を誓った筈のマリッジリングなのに……付けれが既婚者、外せば独身、まるでスイッチみたいに切り替えができるなんて、オカシイですよね」
「便宜上のものでしかない」
「ええ、結婚の証なのにとても曖昧なのです」
「たしかに曖昧だ」
 曖昧という言葉を鸚鵡返しする。
「夫と付き合っていた時は、指輪してなかったので既婚者だと知らなかったと相手の女性に言いました。夫は指輪を外して独身のふりをしていたの」
「それは確信犯だね」
「夫婦の愛の証マリッジリングは夫の心には嵌められなかった。それが悔しい……悔しい……」
 女の目から関を切ったように涙が溢れて、ぽたぽたと布団の上に零れた。両手をついて、まるで土下座するような格好で泣いている女が憐れに思えて、俺は無意識に肩を抱いていた。女は幼児のようにしゃくりを上げて、いつまでも泣き続けた。
 すべてを吐きだして心が軽くなったのだろうか。やがて、疲れたように俺の胸の中で眠ってしまった。そっと、身体を離して布団に女を寝かしつけてから、俺は部屋を出ていった。

 翌朝、早くに女は民宿を出て東京へ帰っていったという。
 布団を上げたら指輪が落ちていたけど、どうしようかと祖母が困っていた。これは指輪を届けて欲しいという女からメッセージかも知れないと、直感的にそう思った。
 東京のデパートに勤める女を見つけることは、きっと容易いだろう。この指輪は女が振ったダイスなのだ。


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このストーリーに関するコメント

15/11/03 泡沫恋歌

指輪の写真は楽天検索からお借りしました。


指輪してなかったので既婚者だと知らなかったと相手の女性に言いました。⇒
〔 訂正 〕
相手の女性が言いました。

チェック不足で申し訳ありませんO┓ペコリ

15/11/03 石蕗亮

拝読しました。
お久しぶりです。
私は職業柄指輪をはじめ装飾品はつけられないので転勤する度に既婚か独身か尋ねられます。
プライベートでアクセサリーリングは付けますが主に親指になります。
指輪って付ける指で意味があるんですよね。
後日談も気になりました。
この後どうなるのか想像してしまいました。

15/11/06 泡沫恋歌

石蕗亮 様、コメントありがとうございます。

どうも、お久しぶりです。
私はさりげなく結婚指輪をしている男性は誠実そうに見えて素敵だと思います。
指輪を外して、独身の振りをして恋人つくるとかトンデモナイ夫です。
この先、新しい運命が待ち受けていますから、この女性は別れて正解だと思います。

15/11/07 6丁目の女

泡沫恋歌 様、拝読しました。

情景が鮮やかに浮かんできて、現場を目撃しているようなリアルな感覚で伝わってきました。この先、どうなるんだろう?「曖昧」がどう結びつくのだろう?とわくわくしながら読みすすめました。
海で溺れそうになっている女性を助け、きっとこの先、東京のデパートで働いている彼女を探すのであろう俺はとてもいい人ですね。
夫に裏切られてしまった彼女ですが、どことなくミステリアスで魅力があります。
意味深で謎のあるラストがいいですね!


この物語を読んでふと思いました・・・
私は結婚していますが、結婚指輪はしていません。というか、そもそも買っていません。べつに節約したわけではなく、欲しいと思わなかったからです。そして深い意味はありません。
もしかしたら潜在的に、「そんな曖昧なものはいらない」と考えていたのでしょうか。
それと、モテるタイプの男性の薬指に指輪が光っているのを見ると、どうもこれみよがしな感じがしてしまいます。「結婚しているけどそれでもよかったらどう?僕の立場は理解してね」という声が聞こえてくるような気がします。
そんなふうに感じる私は、ひねくれ者かもしれません。(^^;

15/11/07 泡沫恋歌

6丁目の女 様、コメントありがとうございます。

以前から、結婚指輪という「曖昧」なアイテムが気になっていました。
一応、薬指に付けていると既婚者の証ですが、何か下心があるときには男も女も
外して、独身者に成りすまします。
スイッチみたいに「ON・OFF」の切り替えができるなんて、あまりに「曖昧」な愛の証明ですよね?
結婚指輪は指に嵌めずに心に嵌めて欲しいと思います。

ちなみに私も結婚指輪してません。
以前に旦那と大喧嘩して、しばらく冷戦だった時に「こんなもん、要らん!」と外してから、
ずーっと付けてません(= ̄▽ ̄=)ニャハハ♪

15/11/07 泡沫恋歌

6丁目の女 様、コメントありがとうございます。

以前から、結婚指輪という「曖昧」なアイテムが気になっていました。
一応、薬指に付けていると既婚者の証ですが、何か下心があるときには男も女も
外して、独身者に成りすまします。
スイッチみたいに「ON・OFF」の切り替えができるなんて、あまりに「曖昧」な愛の証明ですよね?
結婚指輪は指に嵌めずに心に嵌めて欲しいと思います。

ちなみに私も結婚指輪してません。
以前に旦那と大喧嘩して、しばらく冷戦だった時に「こんなもん、要らん!」と外してから、
ずーっと付けてません(= ̄▽ ̄=)ニャハハ♪

15/11/08 冬垣ひなた

泡沫恋歌さん、拝読しました。

結婚抜きに既成事実を創り上げるのは簡単です。自分だけが幸せになりたいならの話ですが。本来あってはいけないはずの話なんですが、マリッジリングはかなり曖昧ですね。
「マリッジリングは夫の心には嵌められなかった。それが悔しい」、
想いを共有することの出来る主人公が、これからこの女性とめぐりあいり合い、幸せになることを祈ります。

15/11/10 鮎風 遊

なるほど、そういうことなのでうね、
指輪がダイスなんて。

最後のくだりがドキッとさせてくれました。
面白かったです。

15/11/10 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、コメントありがとうございます。

夫が妻以外の女性と深い関係になって、子どもを作って家庭を捨てるということは世間的にはよくある話だと思う。
そうならないために、結婚指輪をして周りに既婚者であることを周知させておいて欲しいのに・・・
指輪を外していれば意味がない、何とも皮肉な結果でした。

最後に海で巡り合った二人が新しい運命の扉を開くことを期待したい。
私のストーリーは、最後に『救い』を入れる主義なのです。

15/11/10 泡沫恋歌

鮎風 遊 様、コメントありがとうございます。

すべてを無くして、傷心で海に飛び込んだ女性が再び生きる気力を取り戻すためにも
この主人公の男性の存在が必要になりそうです。

忘れていった指輪は、彼女にとって要らないものだけど・・・
それはもう一度出会うための切欠になる、運命のダイスなのです。

15/11/12 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、拝読しました。

結婚指輪を左手薬指につけるのは、そこが心臓に直結していると考えられていて、生涯の愛を誓ったふたりの心をつなげるという意味もあったとか。
契約した愛がなくなれば、それをしている意味もなくなるのでしょう。
ちなみに私はかつて入院する際にはずしてからというもの、見つかっていません。家のどこかにはあるはずなんだけど(笑い)

15/11/13 光石七

拝読しました。
「夫婦の愛の証マリッジリングは夫の心には嵌められなかった。それが悔しい」、この台詞が印象的でした。
確かにマリッジリングって簡単に付け外しできるし、既婚の証明のはずなのに曖昧ですね。
物理的な指輪がどうこうではなく、しっかり心に嵌めてこそ意味があるものなのだと思います。
助けられた女と助けた男、二人の明るい未来を仄かに感じさせるラストがいいですね。
素敵なお話をありがとうございます。

15/11/17 草愛やし美

泡沫恋歌さま、拝読しました。
さすがうまいですね、設定とても良かったです。

15/11/23 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、コメントありがとうございます。

契約した愛がなくなれば、それをしている意味もなくなる。
いわば結婚指輪は契約の証なのだから、それを外すことは契約不履行ともいえる行為です。

ちなみに私の結婚指はもどこかへ消えた。

15/11/23 泡沫恋歌

光石七 様、コメントありがとうございます。

男が結婚指輪を外して、女性に近づきくどくというのは確信犯です。
それは男の中で「結婚」という意味が機能していない証拠なんです。

ひどい男ですが、まあ、世の中そんなものかもしれません。
最後に救いとして、助けた男と助けられた女が結ばれるかもしれないという
期待を込めて、筆を止めました。

15/11/23 泡沫恋歌

草藍やし美 様、コメントありがとうございます。

お褒めいただき恐縮いたします。
「曖昧」というテーマをいただいたときに、浮かんだのが結婚指輪でした。
ONとOFFが使い分けられる、これはとても曖昧な存在だと感じていたのです。

実際、私たちの年齢になると結婚指輪を嵌めてる方は少ないように思われますね。

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