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佐々木嘘さん

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奇人さん

15/11/02 コンテスト(テーマ):第九十六回 時空モノガタリ文学賞 【 奇人 】 コメント:0件 佐々木嘘 閲覧数:851

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彼はこの辺では奇人さんと呼ばれていた。
勿論その名前は本名ではない。

彼は半年前こんな糞田舎の廃屋に引っ越して来た20代後半の男性だ。和服を着て丸眼鏡を掛けた明治時代のような風貌で、何か凄い賞を取った小説家らしいと言われていた。どこか掴めない雰囲気と飄々と歩く姿。平日休日朝昼問わず散歩したり野良猫に話しかける変人ぶりから誰かが呼び始めた最低なあだ名だ。でもその正体は誰も知らないし、真相がわかると面白さが半減するのでみんな好き勝手な妄想の噂を撒き散らしている。
それなのにそんな噂なんて気にしませんと言いたげに今日も下駄を鳴らしながら歩く奇人さん。そんな彼を私は密かに羨ましいと思っていた。閉鎖的な田舎で周りの評価ばかり気にする自分とは正反対の人間だったから。


「ああ、ごめんね」
「あ、」
「あ。」

ある日私の前方不注意で偶然奇人さんにぶつかってしまった。でも先に謝ったのは奇人さんの方で、そして私があ、と言うと、なぜか奇人さんもあ、と言った。だからただその意味が気になったので思わず聞いてしまったんだ。

「…何のあ、ですか?」
「ん?ああ。君が今読んでるのが僕の小説だったから」

すると私と奇人さんは同時に私が手に持つスマートフォンに視線を向けた。それは今日配信されたばかりの小説で、ずっと電子での発売を楽しみにしていたものだ。だからどうにも家に帰るまで待てずにながら歩きをしながら夢中でのめり込んでしまっていた。

「え?奇人さんって本当に作家さんなんですか?」
「あ、やっぱり僕って奇人さんって呼ばれてたんだ」
「あ。」

うっかり本人にそのあだ名で呼んでしまった。私は慌てて右手で口元を抑えるけれど勿論遅い。そしてそんな私を見て奇人さんは右側だけ引きつったように広角を上げて笑っていた。

「あ、」
「ん?」
「いえ、何か想像してた笑い方と違ったから」
「想像?」
「なんか、もっとひっそり笑うのかと」
「ははっ、面白いね君。……よかったら遊びに来ない?」
「え?」
「あの家僕の家なんだけど。嫌?」
「え、嫌…とか、じゃない。んですけど」

じゃあお茶でも、ね。と奇人さんは案内をしてくれた。案内と言っても今ぶつかったこの曲がり角の家で、私は躊躇いながらも自宅へお邪魔をする。

「しかし今時の子は小説は電子なんだ」
「…すみません」
「謝ることないよ。ただ意外だな、こんな若い読者が居たとは」

自宅は噂通りの廃屋で沢山部屋があるのに使ってるのはこの広い和室だけのようだ。
中央に天然木の座卓、右奥に大きい本棚が5個と布団だけが置いてある。

「まぁ僕の小説なんて中学生が手元に置けないか。官能小説だし」
「…や、!…やっぱり、変…ですか?」

私は急に恥ずかしくなった。そう、彼の書く小説は官能小説なのだ。

特に女性の心情と感度が鮮明に繊細に書かれてると評判で最近の私はすっかり夢中になっていた。でもその反面この歳で愛読するのは普通ではないとも思っていた。そしてその背徳感すら興奮を助長させ更なる深みに嵌ってしまっていたんだ。

「あー…うん。そうだね。君の年代にしては変かもね」
「あ…」
「でも好きなんでしょ?」
「……はい。好きです。凄く」
「じゃあ問題無い。今見たい物はその目で今すぐ見るべきだ。先延ばしにしたら腐っちゃうよ。好きという感情は生モノなんだから」
「ナマモノ?」

私は咄嗟に牡蠣やら鯛を思い浮かべる。

「法律や常識の範囲内で好きな事は好きな内にしなさい。他人の目なんか気にしないでね」

そう言うと奇人さんは静かにお茶を啜った。全くおかしな絵面だ。学生服を着た15の女と和服姿の30手前の男が向かい合って和室で緑茶を飲んでいる。でも彼の醸し出す緩い空気がとても居心地が良くて田舎のしがらみと値踏みされる視線から解放された気がした。

上品に湯呑を持つ手が美しいと思った。少し骨ばって長い指。この手からあの官能的な文章が生み出されている、そう考えると一気に高揚した。そうだ、私はずっとこの人が気になっていたんだ。ずっとずっと、惹かれていたんだ。

「じゃあ」
「ん?」
「じゃあ私が貴方を好きだって言ったら受け入れてくれます?」

は?と顔をする奇人さん。
でもそれ以上に私自身が驚いている。けれど言葉は感情的に溢れて止まらない。

「何言って…え?話聞いてた?それに君に手を出したら淫行条…」
「君じゃないです。桃です、名前!」
「…も、桃…さん?」
「好意は生モノなんでしょ?それなら腐る前に食べてくれませんか?」

私は真剣だった。大真面目訴える。すると奇人さんは数秒程黙り込んだ後、あーっと溜息をつくと右側だけ引きつったように広角を上げて笑い出した。どうやらこの笑い方は彼の癖らしい。

「あはは、ずるいなぁ。僕の大好物だよ。それ」


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