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やぎさん

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曖昧や

15/11/02 コンテスト(テーマ):第九十四回 時空モノガタリ文学賞 【曖昧】 コメント:0件 やぎ 閲覧数:952

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 それはとある晩秋の、いや、師走だったかな。とにかく寒い日だったように思う。ぼくは昼食をとろうと街に出て、まてよ、夕食の買い出しに行こうとしていたんだっけ。
 細かいことはまぁいい、つまり外出をしたんだ。
「おにいさん」
 大通りをうろうろしていたら、不意に背後から声をかけられた。
 そのひとはとてもきれいで、歳はたぶん二十……いや、もしかしたら三十。女性の歳は見た目じゃあよくわからないからね。
 まぁそこそこに若くて、はっきり覚えているのはとても色白で、美人だってこと。
「なんですか?」
 最初は、客引きかと思って警戒したんだ。なにせ大通りだからね、暮れかけていたし。あれ、昼すぎだったのかな。
 どちらにせよ、そんな美人とぼくは縁がないものだから、怪しんだのはたしかだ。
 彼女はしかしにっこりと笑い、その笑顔がまた美しくて、ぼくは見惚れてしまった。
「いっしょに来ませんか」だか、「お茶を飲みませんか」だか、誘うような言葉を彼女は口にして、ぼくはとくに急いではいなかったし、なんといっても美しい人だったから、ついていくことにした。

 案内されたのは一軒の店だった。
 この街には長く住んでいるのに見覚えのない、そのくせ古びた店でね。
 ぼくは看板を読もうとしたのだけれど、汚れているのかかすれているのか、わからないけれど看板の役目を果たしていないそれは読めなくてね、なんとか読めた文字は、
 あ、まい、や。
 だからぼくはその店を、甘いものやだと思ったのさ。古臭い店だったしね、甘味処だろうと。
 その店はみょうにうす暗くって、ほこりっぽくて、食べ物やなのにこれは、と辟易したよ。
 通された部屋の、これも薄汚れたテーブルの上にも品書きらしきものはなくて、ぼくは彼女に問いかけた。
 ここは甘いものやなのかい、ってね。
 しかし彼女は、頷いたような、首をかしげるような、よくわからないしぐさをして、逆にきき返してきた。
「甘いものがお好きなの?」
 ぼくもそれに頷いたんだったか、返事はしなかったような気もするな。
 なぜか目の前にはお汁粉が運ばれてきてね。それで、あぁやっぱり甘味処だと得心がいって、ありがたくそれをいただくことにしたよ。
 とにかくまぁ、寒い日だったもので。

 しばらくすると、彼女がまた口を開いたんだ。
「あまい、……れますか?」
 でも、ほとんど聞こえなくて、ぼくは困ってしまったよ。その人はなぜか店に入ってからずっと、ぼそぼそと小さくしかしゃべらなかったんだ。そういえば、ほかの客の姿はついぞ見なかったね。
 どうしたものかと思っていたが、沈黙を肯定と取ったんだろうね、おそらく、彼女は。
 ふと見ると、彼女の白い体がうす暗い店のなかで発光するように浮き上がっていて、あっと思う間もなくぼくに覆いかぶさってきた。
 なんだか、甘いにおいがした気がするんだよなぁ。



 気づいたら、もとの場所に立っていたよ。
 むろんそこにはもう彼女はいなかった。
 まだあたりは明るかったから、そう時間はたっていなかったんだろうね。だとすると、やっぱりぼくが出かけたのは昼すぎだったかな。
 ぼくは彼女の姿を探してあたりを見回したけれど、それらしき人物は見当たらなかった。
 なんだか夢でも見た気分で、上着のポケットに手を入れて……そう、寒かったからね。そうしたら、そこに細長い紙きれが折りたたまれて入っていたんだ。
『お客様の寿命の百等分のうちの一を頂戴いたしました』ってね。
 おそらく領収書のつもりだったのかな。
 ほら、これだよ。
 え? 字がかすれていて読めないって? ああ、ポケットに入れたまま洗濯してしまったのかな。まあいい。

 そのあと、彼女と歩いた道をもう一度たどってみたよ。
 そりゃあそうさ、一方的に代金を支払わされて、納得いかない気持ちもわずかながらあったからね。
 よく知った街だ、ひとりでも探し当てられると思ったんだが……。
 いや、なかったわけではないよ。おそらくその店だと思う店が、あるにはあった。ただ、看板はまったく読めなくなっていてね、古びた木の看板だったから、雨にさらされて劣化したんだろう。表の戸もぴったりと閉まっていたから、確かめようがなかったよ。
 ほら、そこの筋をひとつ曲がったところさ。ん……もうひとつ向こうだったかな?
 とにかく、怪談噺のように、忽然と消えてなくなっていたわけではなかったよ。
 
 しかしね、どうにも気持ち悪いんだよな。
 ぼくはぼくの寿命を知るよしもないからね、それを百等分と言われたところで、妥当かどうか判断できようがないじゃないか。せめて具体的な時間を書いてくれていればなぁ……。
 なんだか、美人局にでも遭った気分だよ。



 ところできみ、甘いものなんか、どうだい?


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