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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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全自動車

15/10/29 コンテスト(テーマ):第六十七回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1148

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 L氏は車に乗った。
 そこにはテーブルとイスがあって、彼は上着を脱いでネクタイをはずしてから、寛いだ姿で椅子に座った。
「○○まで頼む」
 彼の対応はそれだけだった。あとはすべて車に任せるだけでよかった。
 ハンドルを回すことも、アクセルを踏む必要もなく、車はひとりでに走りだした。
 道路際の光景が走りすぎる窓には目もむけずに彼は、のんびりとテレビにみいった。
 朝食がまだだった彼の腹の虫がそのときグウとなった。とたんにテーブルの上が開いたかとおもうと、コーヒーとトーストー、それに生野菜とゆで卵が出現した。
 彼の嗜好をすべて記録している車は、コーヒーはシュガーなし、卵はやや硬め、そして野菜にピーマンははいっていなかった。彼のコーヒーの飲み方しだいで、このあとオレンジジュースが出る場合もある。
 食事をすませるとL氏は、しばらく車内に流れる軽音楽に耳を傾けたあと、右腕で横に大きく弧を描いた。
 テーブルとイスが左右に移動して車内にのみこまれていくと同時に、床面積が広がりだした。頭上からおりてきたラケットを握りしめるなり彼は、ボールを対面の壁にはねかえして、一人スカッシュをはじめた。
 一汗かいたところでやめた彼が、着ている物を脱いだとたん、すかさず上部のノズルから湯がふきだしてきた。彼が気持ちよくシャワーを浴びている間に、着ていた衣服は洗濯と乾燥ののち、きちんとアイロンがかけられていることだろう。
 車はまだ一般道路を通行中で、ときおり停車するのは信号待ちのためかと思われる。ちょっと長めの停車は燃料補給時にまちがいなかった。
 車間距離は万全、走行中のいかなる事故も未然に防げ、安全運転百パーセントがこの車のうたい文句だった。
 おかげでL氏は夜はぐっすり眠り、昼は快適このうえない車内で思いのまま寛いですごすことができた。
 
 そのようにして彼は何年もの間、車から一歩も外にでることなく過ごした。
 やがて車は、目的地の街に入りこんだ。
 L氏は、老けていた。
 おもえば三年前、スカッシュで体を動かしたのが最後の運動といえた。いまでは懐かしい思い出だ。
 あれ以来、身も心も日に日に衰えていき、そのうち手足もおもうように動かせなくなったが、そこは全自動、彼の手となり足となってくれる車のおかげで、それほど不自由もおぼえることなくこれまで無事やっとこれた。
 しかし、いよいよそのときがきたようだ。
 L氏はこの車に対して感謝の気持ちでいっぱいだった。
「長い間、ありがとう」
 その言葉を最後に彼は、ベッドの上で動かなくなった。
 しばらくの間、車は何かの手続きをすませるかのように、低い電子音を立てていた。
 そしてそれも鳴りやむと、いっせいにすべての窓のカーテンが閉ざされた。
 上からふりそそいでくるきらびやかなものは、色とりどりの花びら………
 車は、前方にみえてきた建物にむかって一直線につきすすんでゆくと、門の前でまちかまえる人物の恭しい一礼に迎えられて、やがて葬祭場の中にゆっくりと消えて行った。


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