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笛地静恵さん

SM小説家。妄想家。言葉遊び師。 三和出版『女神の愛』「女神帝國盛衰記」連載中 他

性別 男性
将来の夢 歌集、句集をだすこと。
座右の銘 永遠の未完成、これ完成(宮沢賢治)

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秋の山の秘密

15/10/23 コンテスト(テーマ):第九十五回 時空モノガタリ文学賞 【 秘宝 】 コメント:0件 笛地静恵 閲覧数:1150

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 劇団に入っている。夏の間、軽トラック一台と2tトラック二台を連ねて、日本全国津々浦々の地方巡業をこなしてきた。
 映画の脚本などもてがけている有名な脚本家の弟が、演出家と代表をつとめている。公民館などを回る。歌と踊りの入るミュージカル仕立てだった。すべての年代が楽しめる。評判は良かった。
 彼は、その美術の担当だった。大道具のたぐいを、場所の制限に合わせて、適宜、設定していく。
 公演が終わったあとで、地元の青年団の若者たちと、政治の話題などを語りながら飲む。地元の酒がうまかった。
 しかし、四六時中、同じ劇団員たちと顔を合わせている生活である。それが、終わると、さすがに一人の時間が、とりたくなる。
 いつものように、下宿の押し入れから背嚢とテントと寝袋を取り出した。革の登山靴にもセーム革で鹿の脂を塗りこんである。手入れに怠りはなかった。
 常磐線の各駅停車で、のんびりと福島県の山間部に向かう。海の近くに親友が住んでいた。夏休みには何度も遊びに来ていた。それなりに土地勘のある場所だった。
 いつもは、もう少し早い時期なのだが、今年は地方巡業の始まりが、演出家の都合で二週間、伸びてしまった。終わりも、それに押される形で、十月にずれこんだのだった。
 麓の村に一件だけある雑貨屋で、両手に余る大きさの舞茸を買った。今日、山から取ってきたばかりだという。人のよさそうな丸顔のオヤジさんが、煙草をふかしながら、戦利品を自慢していた。店の名前を書いた赤い帽子をかぶっている。
 睫毛の長く美しい、中学生ぐらいの娘さんが、てきぱきと古新聞に包んでくれた。
 ラーメンの具にするつもりだった。
 山道を小一時間、登った。山の緑が、白くなっている。舗装していない林道の土ほこりをかぶっているのだ。しばらく雨がなかった。空気が乾燥している。
いつもの平らな土地にテントを張った。森しか見えない。観光ではないから景色は気にしていない。
 湯を沸かして、チキンラーメンを作った。茸を入れると汁が黒くなった。うまみのある出汁だった。
 星をあおぎながら、湾曲した銀色のスキットル・ボトルの小さい口から、ブランデーをちびりちびり飲んだ。彼女からもらった高価な酒である。自分では買えない銘柄だった。
 そろそろ、潮時かと思っている。だんなの演出家に、二人の関係がばれそうだったからだ。明らかに疑っていた。
 彼女は、いちおうは劇団の主演女優なのだが、セリフの入りが悪い人だった。あがってきたばかりの台本をおぼえる相手として、夜中まで練習を手伝った。そんなことから、男女の関係になってしまった。
 山に来たのは、自分の気持ちを整理するためもあった。
 夜は、しんしんと冷えてくる。寝袋に入った。眠ることにした。
 寒さに目をさました。顔が冷たい。空気が冷えている。どこかから水の囁きがする。このあたりには流れはない。滝のある渓谷は、はるか下になる。
山の中での異音は、なだれなどの前兆である。そう耳にしたことがある。危険を感じた。 
 耳の後ろに手を当てた。ぐるり。回ってみる。音は四方八方から聞こえてくる。音源の方向さえ定かではない。微細な砂が草木に降り注ぐような軽い音である。
下山することに決めた。
 寝袋を丸めて、テントをたたんだ。頭部の額につけたライトの明かりが正面の道だけを照らしている。その分だけ、夜の闇が濃い。四方八方から重く取り囲んでいた。
音は下山の途中でも、驟雨のように執拗に追いかけてくる。骨が粉になるような乾いた呟き。空気がますます冷え込んでくる。息が白いほどだ。背筋がぞくぞくする。不吉に思えた。
 自動車のライトが、麓から昇ってきた。あたたかい色の光だった。軽トラックだった。雑貨屋のご主人の車だ。店名が車体の横に書いてある。彼を見つけて止まった。
「心配になって見に来たんだ。山が冷えている。娘に、むかえに行ってやりなさいよと、えらいけんまくで、せまれてね」
「ありがとうございます」
頭を下げた。助手席に乗り込んでいた。エンジンがかかる前に質問した。
「この音は、なんですか?」
ご主人が、太い眉をしかめた。
「ああ、これは……」
 少女が、薪の五右衛門風呂をわかして待っていてくれた。湯の熱さが冷え切った肌に染みた。
 そのまま離れに泊まった。昔は、山を越える行商人らのために宿を営んでいたという。家は大きく広かった。
 翌朝、全山が紅葉していた。気温差が、十五度以上になる秋の日には、まれに起こる現象だという。地元では山化粧と呼んでいるそうだ。山の秘密の宝を見せてもらったように思えた。
 帰りの汽車の座席でなおもうとうとしていた。太平洋の波が青い。自然が、このように大きく変化するのならば、人間だって、変われるかもしれない。新しい一歩が踏み出せそうだ。そう考えていた。


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