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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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悪魔のささやき

15/10/19 コンテスト(テーマ):第九十三回 時空モノガタリ文学賞【 憂鬱 】 コメント:2件 高橋螢参郎 閲覧数:914

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「よっ、兄ちゃんまた来たんか」
 会社のトイレに籠る僕へ気さくな態度で声をかけてきたのは、あろう事か悪魔だった。
 それもそんじょそこらの小悪魔ではない。かの有名なキリスト教七つの大罪のうち怠惰を司るという、ベルフェゴール。オカルトに明るくない僕でもTVゲームで名前くらいは知っているほどの、超メジャーな悪魔だ。
 ……が、僕も名前しか知らなかったので、まさか格好いい名前とは裏腹に便器に座って三日三晩お通じに苦しんでいるおっさんのようなビジュアルをしていただなんて、想像だにしていなかった。
 ともあれ人智を越えた存在だろうがなんだろうが洋式トイレの個室という聖域に他人がいる、というのは正直落ち着かなかったものの、他に害があるわけでもなく。最初こそ面食らったが、何度か顔を合わせるうちに自然と話すようになっていった。
 ベルフェゴール曰く、悪魔の話を聞いてくれる様な弱った人間は、こうして学校や会社のトイレで張っていれば一番手っ取り早く見つかるそうだ。なるほど。確かに、僕もそれでよく逃げ込んでくるクチだ。
『え、トイレの神様? あんなもんこっちが本家や。ま、こう見えて神様だった事もあるし、結局似た様なもんか。ガハハ』
 人間を唆すのが仕事なだけあってか、ベルフェゴールは話術に長けていた。誰にも言えない悩みを打ち明けていると気が楽になってくるし、彼の冗談で笑っている間だけは嫌な事も忘れられた。
 会社では僕だけでなく、誰もが憂鬱だった。業績悪化とそれに伴う人員削減で皆戦々恐々としていた。家に帰っても妻との仲は完全に冷え切っていた。たまに口を開いたかと思えば給料、賞与と金の話ばかりだ。僕の事なんか給料袋にしか見えていないのかも知れない。
 一度そんな事を愚痴ったら、ベルフェゴールはうん、うんと深く頷いて自身の経験談を話してくれた。
「女はホンマいつの時代もあかん。おじさんも色んなケース見てきたけどな、結婚して幸せになった男なんてこれっぽっちもおらんわ。『あらゆる真面目なことの中で、結婚というやつが一番ふざけている』ってな、これおじさんのお国、フランスのボーマルシェちゅうやつの言葉なんやけど、まあ上手い事言うわな」
 どうやら魔界でも結婚について似た様な問題は多いらしく、中世ヨーロッパの時分にでは人間の結婚生活はどうなのか徹底的に調べ尽くしたらしい。
 だからか、ベルフェゴールの言葉にはどれも含蓄があって為になった。まるでお昼のニュース番組の司会者のように、どんな相談にも乗ってくれた。
「……で」
 しかし、悪魔の本分は決して忘れていない。
「そない嫌ならいつ辞めるん、会社。いつ別れるん。嫁と」
 そう簡単に決められるわけないだろ、と僕は反射的に返した。別にキリスト教徒でも何でもないが、人間には労働の義務ってやつがあるだろうし、離婚もまあ、考えないわけでもないけど決して良い事ではないと思う。
「せやかて前もそう言うて、結局全部なあなあやん。こんなところで愚痴る暇あったら、いっちょバーンと行動に移したらな。何も変わらへんで」
 流石は怠惰の悪魔の面目躍如といったところか。でも話を聞いてくれるのはいいのだが、執拗にこちらの頑張りを全否定するような事を言ってくるところだけは勘弁して欲しかった。
 その都度僕は、あとちょっとだから、と彼を宥めるように言った。
「今は悪いかもしれないけれど、逆に言ったらこれがどん底さ。もう落ちようがないなら、あとは昇っていく一方だろ。こうして憂鬱なのも、神様が与えた試練だと思えば耐えられるよ」
 一度そう言ってやりさえすれば、ベルフェゴールも特に強く出るわけでもなく「さいですか」としおらしくなるのが常だった。
 背中を丸めてしょぼくれる姿はやはり悪魔らしくないなと思いながら、僕もそう言ったからには頑張らなきゃなと、奮起してトイレを後にするのがほぼ日課になっていた。

 しかし、僕の心はある日突然ぽっきりと根元から折れてしまった。
 遂に上司に肩を叩かれ、それを機に妻は学生時代に交際していたという、僕よりもよっぽど経済力のある男のもとへと去って行った。
 どうしようもなくなった僕は、最後の出勤日を一日トイレで過ごす事にした。ベルフェゴールだけは僕の肩をぽんぽん、と優しく叩いてくれた。
「ワシ、確かに怠惰の悪魔やから頑張れとかよう言わんわ。けどな、それにしても君ら頑張り過ぎやねん」
「でも、頑張れば絶対報われるって信じてたのに……」
「あんな、君らの大好きな神さんに言わせれば、憂鬱で何も手につかんようになるのも怠惰らしいで。もうどっちが悪魔かわからへんわ。まあ神とか悪魔とか言う前に、自分の事はもうちょっと真剣に、自分で考えた方が良かったんちゃうの。……って、サタンはんが言ってもまるで聞かんかったんやけどね。君らの先祖も」


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このストーリーに関するコメント

15/10/20 クナリ

二人の、口調だけはライトなやり取りが、最後の一言で一気に深みを帯びますね。

15/10/24 光石七

拝読しました。
悪魔なのに、こんなにフレンドリーで優しくていいのでしょうか?(笑)
「君ら頑張りすぎやねん」「神とか悪魔とかいう前に、自分のことはもうちょっと真剣に、自分で考えた方が良かったんちゃうの」、この二つのセリフにハッとさせられました。
面白かったです。

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