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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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まだ月虹は見えないか

15/10/19 コンテスト(テーマ):第九十五回 時空モノガタリ文学賞 【 秘宝 】 コメント:2件 クナリ 閲覧数:1061

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 小学校六年生の私には、土曜の夜はいつも退屈だった。
 けれど今日は、運動など大嫌いな私が、同級生のツガヤ君と共に学校の裏山に登っている。
 七月の、水分の多い空には、丸い月が出ていた。

 昨日の金曜日、放課後の教室は騒がしかった。飼育小屋の兎が何者かに首を切られて殺されるという事件が朝に起きていたので、その話で持ちきりだった。
 そのやかましさが、不愉快だった。静かなのは、私とカトウ君、そしてツガヤ君だけだった。ツガヤ君は喧騒の中で、私に小声で話しかけて来た。
「明日、裏山に上らないか。俺と秘宝探検に行こうぜ」
 幼稚な人だな、と思った。
 けれどこの教室から連れ出してくれるなら、何でも良かった。

 裏山の中で腕時計を見ると、既に二十一時を過ぎていた。携帯電話の電源は、ツガヤ君が「探検には緊張感が必要だ」と言うので切ってある。
 時間帯も目的も不自然過ぎるこの探検について、私は何もツガヤ君に聞かなかった。その必要がなかったから。
 そろそろ頂上ではないかという辺りで、ツガヤ君が振り向いた。
「ごめんな、変なことに付き合わせて」
「これって家出でしょう」
「そのつもりだったけど、意味なかった。土曜の夜って、いつもお袋男の家に泊りに行くし。俺が家にいないって、気づいてもいないと思う」
 脇にあった倒木に、二人で腰を下ろす。
「私はいいよ、暇だし」
 私は携帯電話の電源を入れた。
「親に電話か? 俺、謝るよ」
「ううん。『私はいい』ことの証明」
 ツガヤ君に、液晶画面を見せる。着信やメールを含め、誰かからのコンタクトの形跡はない。
「一泊やそこらじゃ、気にもされないの」
「何で分かるんだよ」
「もう、何度も試したから」

 二人で持ち寄ったお菓子を食べていると、月が更に高く上った。
「もしかして、この探検って家出プラス、私と二人きりになりたいなー的なこと?」
 ビスケットをかじる、ツガヤ君の動きが止まる。やがて彼は、すねたような半眼を私に向けた。
「……でもお前、カトウが好きなんだろ」
 よく見ているものだ。
「まあね。でも、もうだめだよ」
「だめ?」
「今朝、私が兎殺してるとこをカトウ君に見られたから」
 ツガヤ君が、ビスケットをぽとりと地面に落とした。
「……どうして」
「やりたかったから。何がいけないかも分からないし、クラスの子達が騒ぐのも意味分かんない。あの子達の誰も、兎じゃないのに。でも、カトウ君に見られた時、初めて、凄く悪いことしてる気がした。カトウ君が、それを誰にも言わないまま、放課後になった時も」
 私は地面を見つめている。ツガヤ君は私を見つめている。私が押さえつける寸前の兎が、そうだったと思い出す。
「凄く後悔した。今もしてる。だから私、……凄く、弱ってるよ」
 顔を上げ、ツガヤ君と目を合わせた。
 カトウ君は今日、私と一度も目が合わなかった。そして、彼の方が私より辛そうだった。どうしてだろう。
「だから、キスしてみようか」
「しねえよ」
「そうだね。しない」
 しないのかよ、とツガヤ君が小声で言った。
「まあ、俺は、カトウじゃないもんな」
「ツガヤ君のこと傷つけたくないもの。私達って、結構脆いじゃん。自分から傷つくことないよ」
「じゃあ何でキスとか言い出したんだよ」
「気の迷いだよ。思春期だもん」
 わざとらしい、とまた小声が聞こえた。

 それから私達は、変な虫とかに噛まれないうちにと、山を下り始めた。
 木々の向こうから、街の明かりが、徐々に近づいて来る。
 街からはみ出すこともできないまま、私達は光の中へと戻って行く。――あくまで、今日の所は、ではあるけれど。
 その気になれば、ほんのひと押しで簡単に街の明るさからこぼれ落ちることは出来る。その危うさを、少なくとも私とツガヤ君は感じていた。
 あの光に背を向けてでも逃げ出したくなることが、ないとは言い切れない。はみ出した先にある恐怖を無視して、闇雲な自由へと駆け出るような真似はしないかどうか、自分でも分からない。それが、良いか悪いかも分からない。
 不安定だな。
 これじゃ、犯罪なくならないな。

 いつか、本当に秘宝が見つかると良い。
 それは心の中とか魂の輝きとかではなく、純然たる莫大な財貨として手に入ると良い。
 今の親を黙らせて、新しい親が買えるくらいの金額が、子供のうちに手に入ると良い。
 何でもできるようになりたい。
 そうしたら私達は、自由になれるだろう。
 それくらい暴力的でも、良いじゃないか。
 柔らかな月虹はいつも、鮮やかな街明かりに、無理矢理追いやられてしまうのだろうから。
 違うなら――
 ――今のうちに、そう言って欲しい。
 
 ツガヤ君が、カトウ君の電話番号を教えてくれた。
 日曜日の真昼に、かけてみようと思っている。


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このストーリーに関するコメント

15/10/29 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

昔、ラジオで聞いた投稿を思い出しました。
同級生が蛾を笑いながら殺したという話で、憤りと悲しみがつづられてありました。
しかし、偶然ラジオを聞いていた彼はすぐ謝ってきたそうです。それほどの事とは知らなかったと。
出来るけど、やらない。ツガヤ君やカトウ君のような人は得がたいものですね。
日常から滑り落ちそうな危うい感情が瑞々しく、さすがだなと思いました。

15/10/30 クナリ

冬垣ひなたさん>
登場人物たちの心情の描写はこれでも一応苦心しながらやっておりまして(そう、これでも…ッ)、そう言って頂けると報われる思いです。
現代が舞台の場合思春期の少年少女を主人公にすることが多いのですが、今回のセリフを書いてたりする時も「でも、そう言えば思春期の時の自分って、思春期って言葉を使わなかったなあ…でもこの子は言うんだよなー…」などと悩んでみたりしました。
自我に目覚めて、人によっては孤独を深めて行く時期、優しさと恐ろしさの両面を持つ夜というものを描くのも、目標の一つだったりします。
コメント、ありがとうございました!

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