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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

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やけに肌寒い夜

15/10/13 コンテスト(テーマ):第九十四回 時空モノガタリ文学賞 【曖昧】 コメント:2件 ポテトチップス 閲覧数:927

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「恭一、どこに行くんだい?」年老いた美津子が杖をつきながら玄関の外に出て言った。
「どこでもいいだろ」
「また、あそこに行く気かい? 頼むからあそこには行かないでくれ」
恭一は母の言葉を背中で聞き流しながら、前に歩みを進めた。美津子の泣き声が鬱陶しく感じ、買ったばかりの紺色のジャケットのポケットからタバコの箱を取り出し、一本抜いてそれを口にくわえて火をつけた。10月の肌寒くなった空に煙が昇っていった。
電車を乗り継ぎ、JR有楽町駅を降り立った恭一は、駅前の雑居ビルの5階にエレベーターで昇り、503号室の『世界大平和真理教』とプレートがドアに掛かっているドアを開け中に入った。
「こんにちは」
「いらっしゃい」教祖の天田聖満が、満面の笑みで迎え入れてくれた。
20畳ほどある室内の中央奥の壁際には、祭壇が祀られ、その祭壇の上には世界大平和真理教の創始者で、天田聖満の亡くなられたお父様である天田聖天の写真が飾られていた。
部屋には10人程の信者が、白い白装束を身にまとい、目を瞑って座禅を組み、お題目をそれぞれが読んでいた。
恭一も背負ってきたリュックサックから白装束を取り出し、それに着替えると、皆と同じように座禅を組んでお題目を読み始めた。
それから2時間近く経った頃、天田教祖が信者一人一人の前に行き、頭に手をかざしては気をおくり始めた。
万病の病に効くと信者から言われている天田教祖の気は、末期ガンの患者も完治させたことがあると信者達の間で言い伝えられており、先ほどからいる10人程の信者の多くは、何らかの持病持ちであったり、子供が不登校で悩んでいる者だったりした。
恭一もまた、自身のひきこもりを克服したく、ネットでこの宗教を知って信者になった一人であった。
天田教祖が座禅を組んでお題目を読んでいる恭一の前に座り、頭に手をかざして気をおくり始めた。10分程経ち、天田教祖が言った。
「だいぶ、恭一君を苦しめていた悪霊が逃げ始めていっている」
「本当ですか?」
「ああ。あと少しで悪霊から解き放たれるだろう」
恭一は思わず口元に笑みを浮かべた。
「恭一君に相談したいことがあるから、最後まで今日は部屋に残ってくれ」
「はい」
夕方、他の信者は私服に着替えて部屋を出て行った。
恭一は、いったい教祖は自分に何の相談があるのだろうかと緊張していた。
部屋に天田と恭一だけになると、天田はマグカップに入ったコーヒーを恭一に手渡した。
「温かいうちに飲んでくれ」
「はい。いただきます」
天田はしばらく天井を見つめていたが、ゆっくりと顔を恭一に向けた。
「君に相談したいことだけど、もう100万円、教団に寄付してくれないかな……」
恭一は教団に入会して半年の間に、200万円を寄付していた。もちろんそれは、母である年老いた母の貯金からだった。
「この世界大平和真理教をもっと広く世間に知ってもらって、悩み苦しむ弱者を救ってあげたいんだ。ただそれにはお金がいるんだ。もう100万円寄付してくれないか?」
「ああ……」
「で、どうなんだい」
「はあ……」
「そんな曖昧な返事じゃ、分からないよ」
「はあ……」

秋に季節は移り変わり、日の入りの時間はあっという間に早まった。つり革につかまって見る車窓からの風景は、街のネオンがきらめいていた。
自宅に帰りつくと、美津子が「またあの宗教に行ってたのかい?」と言った。
恭一はその質問には答えず「銀行のカードよこせ」と言った。
「恭一、また金をせがまれたのかい?」
「俺には悪霊がとりついているんだ。それが俺を苦しめてるのさ。教祖様はそんな俺にとりついている悪霊を除霊してくれてるんだ。金ならいくら払っても文句ないさ」
「もう金なんかないよ。この前の200万円で貯金はすっからかんだよ」
「100万円でいいんだよ。なんとか用意してくれよ」
「恭一、教祖様にいいように利用されているだけだよ。断る時ははっきりと、お金ならありませんって言わなきゃダメだよ。あんたは子供の頃から曖昧に返事ばかりして、いつも人に利用されてばかりだっただろう」
「いいから金!」恭一は、語気を強めて怒鳴った。
「分かったよ。何とか100万円は用意するよ」

季節は秋から冬本番に移り変わった。
夜空のオリオン座が、冬空に綺麗に浮かび上がっていた。
深夜1時を過ぎ、住宅街に建つ自宅はひっそりと静寂に包まれていた。恭一は油を家に撒き、それに火をつけた。
一気に火の気があがった。恭一は走ってその場を離れた。
息を切らせながら隣街にある公園まで走り、公衆電話から教祖に電話を掛けた。
「教祖様、自宅に火をつけました。これでいいんですよね」
「これでいいんだよ。悪霊は美津子さんが原因だったんだ」
「保険金は1億円です。全額、教団に寄付すればいいんですよね」
やけに肌寒い夜だった。


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このストーリーに関するコメント

15/11/07 光石七

拝読しました。
実際にありそうで怖いですね。
本当の宗教は愛や慈悲を説くものだと私は思います。信者を食い物にしたり人殺しを正当化するなど言語道断。
恭一の過熱する妄信ぶりと肌寒い夜との対比が見事です。
印象に残るお話でした。

15/11/10 ポテトチップス

光石七さまへ

感想ありがとうございます。
私は宗教には無関心な人間なので、宗教にのめり込む人の心情が少しも分かりません。
意外に高学歴な人が信者になる場合が多いように私は感じます。

東京にはさまざまな宗教団体が存在しています。かつてオウム真理教の教祖で逮捕された麻原 彰晃は、20代の頃に友人に次のように言ったそうです。
「一番儲かるのは宗教だ」と。
良い宗教団体と悪い宗教団体の見極めが大切ですね。

どうも、ご感想ありがとうございました。

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