W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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もち

15/10/09 コンテスト(テーマ):第九十四回 時空モノガタリ文学賞 【曖昧】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1166

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モコはその朝、いやに体が柔らかいことに気がついた。
いつものようにベッドからおり、ストレッチを兼ねた軽い体操をはじめたときのことだった。背を反らすと、頭はいまにも床に届きそうになるし、体をねじると、ウエストは楽に180度回転した。
日ごろの努力のおかげかしら。
モコがそう思ったのも無理はなかった。介護の仕事に携わる彼女は、寝たきりの人をベッドから起こすときなど、つい余計な力がかかって、自分の腰にギクリと痛みが走ることがよくあった。同僚から体が硬いせいだと指摘されてからは、努めてストレッチと柔軟体操に励んできた。その成果が今朝のこの体の柔軟さにあらわれたのにちがいない。
モコが朝食の用意をはじめたとき、何気なくクロワッサンをつかむと、妙に指がパンにフィットした。このパン、軟らかいわ。が、どうも軟らかいのは、自分の指のような気がした。みると、たしかに指の先にフワフワ感があり、さわるとモチモチしている。
モコは時計に目を走らせると、それからは急いで朝食をすませて、出勤の仕度をはじめた。
職場の特別養護老人ホームに着いたモコは、きょうに限ってなぜか、様々な利用者の待つ施設内に入ったときにきまって抱くあの、ぴりぴり感を覚えないことを意外に思った。
「おはようございます。検温です」
モコの朝一番の仕事は利用者たちの体温を測ることだった。
ベッドに横たわる中村という男性利用者にわたそうとして体温計をつまんだとき、またしてもモコは、そのデジタル式体温計が指に吸いつくような感覚にとらわれた。
「あら」
「どうしたのかな」
「いえ、なんだかきょうは、私の指、とてもやわらかなのです」
「どれ、どれ」
彼が腕をのばして、モコの掌をつかんだ。ふだんからスキンシップの大切さを自覚している彼女なので、それにはすすんで手をさしのばした。
「ほんとだね。とてもやわらかだ。あっ」
モコがいきなり手を引っ込めたので、中村はペロリと舌をだした。
「下心ありと思われたかな」
「ちがいます。このままふれあっていると、なんだか中村さんといっしょになってしまいそうな気がしたもので」
「僕はそれでもよかったがね、ははは」
モコもいっしょに笑いながらも、しきりに自分の手をなでさすっていた。
彼女は次の利用者の部屋にむかった。
「おそいわね」
次の山田という女性は、人はいいのだが、短気なところがあって、取るに足りないことでモコもよく叱られた経験があり、苦手とする一人だった。
「おはようございます。検温にまいりました」
山田はベッドの上でパジャマのボタンを苦労してはずすと、モコの体温計を待ち受けた。
「失礼します」
モコは体温計を彼女の脇にさしいれようとして身をのばした。と、山田の肌にわずかに指がふれたとたん、その指と山田の肌が吸い付くようにくっつきあったと思うと、つづいて手首が、肘が、肩が、胸が、腹が、脚が、納豆をこねるように二人の体は、ネバネバといっしょくたになってしまった。
異変に気づいた他の介護士たちがやってきて、
「まあ、どうしたのですか」
みんながいっせいにベッドにむかってかけよってきた。
するとその連中までがみな、いっしょくたになったモコと山田にふれるなり、急に粘り気を帯びて軟らかくなって、たちまち誰も彼もがいっしょくたになってしまった。
そこへかけつけてきた介護主任や施設長までがやはり同じように、いっしょくたになっていった。
モコは、みんなの体が混然一体となり、さらに施設の外にいる人まで片端から吸収しては大きくなっていくにつれて、自分やほかの人たちの意識もまた体と同じにネバネバとまじり合い、くっつきあっていくのを感じた。中村や山田の心、それに他の全員の意識がこねくりあわされ、ひとつに絡まりあってゆく………。
それは悪い気持ちではなかった。むしろ、大勢の人たちとの一体感に、満ち足りたものさえおぼえ、その親密度は人がふえればふえるほど、いや増していった。
こうなったらもう、介護者と利用者の区別もなくなり、また主任や施設長との隔たりも消え、あとからあとから加わってくる人々との年齢や男女の違いや、また貧富や履歴の隔たりももうごちゃまぜになって何がなんやらわからなくなってきた。
そのうち、ごちゃまぜになった人々の体温がかけあわされて、どんどん上昇していき、それにつれてモコは自分たちが大きく、途方もなく大きく膨張しだすのを感じた。どこまでもどこまでも大きくふくらんでいけるのも、自分たちがとことん軟らかくなったおかげなんだとモコは、みんなとともにそのことを感謝した。
やがて限界がきた。最大限までふくらみあがったところで、いきなりぱあんという音とともに何もかも爆ぜてしまい、あとにはただ、数えきれないぐらいの底抜けに明るい笑い声だけがいつまで辺りに鳴り響いていた。







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このストーリーに関するコメント

15/10/15 智宇純子

私も一緒に笑いました(笑) ストーリーの中に、とても大事なものを感じました。深いですね。このような曖昧だったら大歓迎です!

15/10/15 W・アーム・スープレックス

一緒に笑っていただいて、ありがとうございます。
智宇さんのような受けとめかたをしてもらえると、こちらも書いた甲斐があるというものです。いろいろ創作の方向を模索する中で、この作品ができました。

15/11/06 つつい つつ

不思議な感覚のお話で、おもしろかったです。
僕もごちゃごちゃに同化して、はじき飛ばされたくなりました(笑)

15/11/07 W・アーム・スープレックス

つつい つつさん、コメントありがとうございました。
自分でもこういう作品を書くと、後味がいいのですが、もともと曖昧模糊としたものが性格的にあっているのかもしれません。

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