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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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オリンピック野郎

12/08/06 コンテスト(テーマ):第十二回 時空モノガタリ文学賞【 オリンピック 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2418

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 控室に入ってきたヤマダの顔を一目みるなり、おれはイヤな予感におそわれた。
 試合前はいつも、段取りあわせにあらわれる彼だった。マッチメーカーという役割上、試合の流れや、どこで山場をつくり、観客をわかせるかなどをおれたちレスラーの頭にたたきこんでおかなきゃならないのは当然だった。
 しかし、今夜のおれの相手が五輪太郎というオリンピック出身の、超鳴物入りでデビューした選手だとわかっているだけに、正直おれはヤマダをみるのがいやだった。
「やあ、元気そうだな、張飛」
 張飛スズキ―――それがおれのリングネームだった。
「お世話になります、ヤマさん」
「うん。ところで張さん、わかっているとは思うが、今夜の相手はオリンピック出なんだ」
 もうそれだけで了解しろとばかりヤマダは、ぶあついまぶたの下からじろりとおれをにらんだ。
 おれは、すっとぼけて聞き返してやった。
「アマチュアあがりが、どうしたっていうんです?」
「彼はただのアマあがりじゃない。オリンピック経験者なんだ。張さん、わるいが、今夜ははやいうちに負けてやってくれ。スリーフォールでもギブアップでも、彼の力をみせつける負け方なら、なんでもいいから」
「ちょっとまってくださいよ。たしかにおれは、からだのあちこちにガタがきて、おまけに頭突きのしすぎで記憶力もだいぶ鈍ってきてはいるが、なんといってもキャリア35年の現役なんだ。なんであんなかけだしに負けなきゃならないんだ?」
 ヤマダはふと、気の毒そうな顔つきをこちらにむけたものの、
「彼はいずれ団体のスターになる器だ。それにはあんたのような大物から勝利をかちとる必要があるんだ。不振の業界を活気づける絶好の機会なんだ。張さんならわかるだろう。ここはひとつ五輪太郎に花をもたせてやってくれ」
 ヤマダにそこまでいわれては、雇われレスラーのおれにはもうなにもいえなかった。
「わかった。そのかわり、おれにもちゃんと仕事をさせてくれよ」
「そりゃもう、実力者張飛スズキを倒してこそ、五輪の値打ちもあがるというものだ」
 それからヤマダは試合のシナリオを説明してから、控室を出ていった。
 そのシナリオでは、前半はおれが攻めで後半五輪が挽回するという展開になっていた。
 なるほどこの流れだと、五輪の忍耐力とタフネスばかりが強調されて逆におれは、なにをやっても無駄骨を折るという滑稽な役割だった。早くも、観客の失笑が聞こえてきそうだった。
 おれはカッときて、足もとのバケツを蹴とばした。

 試合の時はきた。
 リング上で、おれと五輪太郎はむかいあった。
 おれが負けるとわかっていてか、最初から五輪は余裕たっぷりだった。
 だがおれもレスラーだ、オリンピックあがりの実力をためしてやろうと、意気込みもあらたに突進していった。
 二人の肉体はマット上で、激しくぶつかりあった。
 五輪のしなやかな、鍛え上げたからだは柔軟性にとみ、観客のだれもがその均整のとれたまるでギリシア彫刻かとみまがうばかりの盛り上がった筋肉におおわれた肉体に目を奪われた。
 おれはというと、さすがに五十近い年齢はかくしきれずに、だぶついた筋肉をむりやりひきしぼって、なんとか対抗していた。
 五輪のやつはそんなおれをあまくみたのか、笑みさえたたえて適当にあしらいだした。
 悔しさに歯噛みしたおれの体内に突如、わすれていた遠い日のパワーがよみがえった。
 いきなり五輪をねじふせて前かがみにさせるとおれはすかさず、彼の両腕を逆さはがいじめにして背面に、くの字になるようこちらの腕をからめるやいなや、気合もろとも大きく後方に投げすてた。若かりし頃、おれが得意中の得意にしていた決め技、人間風車、ダブルアームスープレックスが見事にきまった瞬間だった。
 そのとき、もやもやしていた頭の中が急にすっきりしたかとおもうと、デビューしたてのおれ記憶が鮮明によみがえった。
 
 オリンピック出身者、プロレス入り。リングネーム張飛スズキ。次代のプロレス界を担う若き、勇猛!
 
 多くの先輩レスラーたちがおれをひきたてるべく、いやな顔ひとつせずに新人のおれの技にかかってくれた。おれがここまで、とにかくプロレスで飯を食ってこれたのも、そしてまだ現役を続けていられるのもみな、そんなプロのレスラーたちのおかげだった。
 
 マットについた五輪の肩をたしかめながら、レフェリーがカウントをとりはじめた。
「ワン、ツウー………」
 そのマットをたたく手の音に、はっと気づいたおれは、五輪をおさえていた腕の力をぬいた。
 おれから逃れ、すかさず一回転して立ちあがった五輪が放ったドロップキックで大の字に倒れこんだおれの喉に、コーナーポスト最上段から飛びおりた彼の必殺の膝がグサリとくいこんだのは、その数秒後のことだった。




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