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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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死んで仕舞えと云って呉れ

15/10/08 コンテスト(テーマ):第九十四回 時空モノガタリ文学賞 【曖昧】 コメント:1件 クナリ 閲覧数:1072

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 高校を出てすぐ、歌舞伎町の女装バーに入り浸るようになった。
 女になりたいわけでもないし、女装者を好む男に声を掛けられてもにべもなく断る。
 ただ、服と化粧で、女よりも綺麗になるのが楽しかった。

 歌舞伎町では、性を曖昧にしながら遊び回る僕に嫌悪感を示す人もいたが、気にしなかった。
 伽羅さんと知り合ったのは、僕が二十歳になる少し前の女装バーでだった。
 二十代半ばの伽羅さんは怖気を振う程の美形で、女装の技術を完全に自家薬籠中のものにしていた。
 女の色気と男の凄み。彼の女装は、僕の理想形だった。
 当時その界隈では少々有名人になりかけ、ちょっといい気になっていた僕に彼が歩み寄って来た時は、嗤われる、と思った。しかし、
「可愛いね。そのワンピース、凄く似合ってる」
屈託のない笑顔でそう言われて、僕が築きかけた警戒心は、一瞬で消えた。

 そして伽羅さんは、僕の女装の師匠になった。
 伽羅さんの技術や知識は、僕のレベルを一気に引き上げた。
 日常生活に、女装を持ち込む気はなかった。理解者のポーズを取る自称良識人程、たちの悪いものはないからだ。
 週末の歌舞伎町にだけ現れる女装として、僕は更に有名になって行き、同時にやはり中傷の声も高まって行ったが、気にしないでおいた。
 伽羅さんの部屋で、メイクを教わる時間が好きだった。
 彼と同棲しているミユウさんと、温かい飲み物を三人で囲む時間が好きだった。
 ミユウさんは伽羅さんよりも更に肌が綺麗で、いつもいい匂いがした。伽羅さんの女装は彼女公認で、二人とも楽しそうだった。
 彼らの部屋にいると、つい、夜に抱き合う二人の姿を想像することがあった。
 その度に、胸がちぎれるような思いがした。

 二十歳になったばかりの夏、僕は高熱を出して寝込んだ。
 一人暮らしの僕のアパートに、伽羅さんがミユウさんをお見舞に寄越してくれた。
 ミユウさんはにこにこしながら僕の部屋に上がると、キッチンで食事を作り始めた。
 すらりとした女らしい後ろ姿が、キッチンの窓から差し込む光に映えていた。
 一昼夜高熱にうなされ、思考能力がひどく薄れていた僕を、急激に、激しい衝動が襲った。
 僕が起き上がる気配を察して、ミユウさんが振り返る。
「どうしたの?」
「ちょっと、無防備過ぎるんじゃないですか」
 彼女が体を固くした。
 それが更に、僕の激昂を煽る。
「僕は単なる女装であって、正真の男です。あなたを、女性として、傷つけることが可能なんですよ」
 ミユウさんは、しばらく黙り。
 やがて、答えた。
「いいよ」

「うかつだった。ごめん」
 夜の僕のアパートで、伽羅さんが僕に頭を下げた。
「そんな……僕こそ」
「ミユウは、君が悪さなんてしないと信じたんでしょ。実際、君は何もしなかった」
「……僕は、最低になりたかったんです。最低の奴なら、本当に欲しいものが手に入らなくたって、当たり前だと諦められるから。実際に行動に移さなくても、充分軽蔑されるはずだったんです。なのに、……」
 あんな風に信頼されてしまうなんて。
 今まで開き直ってはいても、女の服を着る自分はおかしいのだと思ってた。
 僕の女装には、罪悪感と、そこから生じた諦観が常について回った。
 嫌悪の視線や中傷が気にならないなどというのは嘘だ。心はいつも悲鳴を上げていた。
 それが、伽羅さんと出会ってから変わって行った。
 自分が随分不安定な状態であったことにも、やっと気づいた。
「君は、女よりも美しくなれる特別な人だよ。なぜ、自分を貶めるの」
 僕を特別にしてくれたものを、僕のせいで異常なものにしたくないからです。
 女装がそうであったように。あなたがそうであるように。
 床に額をつけて突っ伏す。このまま、潰れて消えてしまいたかった。
「僕は、異常者です。何も悪くない女の人を、脅すような真似をして」
「向こうは気にしてないよ。君はまとも過ぎるさ。女に優しくて」
「伽羅さん。僕は、あなたが――」
 僕がそう言いかけると、伽羅さんは寂しそうに笑った。
 この人は優しい。
 だめだ。
 呼吸ごと、告白を飲み込む。
 全ての欲望が、イエスかノーで片付けば苦労はない。
 二人への親和欲求と彼への独占欲との狭間で、僕は擦り潰れて行くのかもしれない。
 壁にかかったワンピースを見る。僕を、特別にする道具。
 特別な誰かが一緒にいてくれたら、自分の曖昧さへの罪悪感も打ち破れるだろうか。
 今、好きな人といても、こんなに寂しいのに。
「明日、うちに来なよ。ミユウに謝りたいんでしょ?」
「……はい」
 僕を、信頼も肯定もしないでいい。
 だから、こっちを見て。
 あなた達の傍にいさせて。

 胸が熱い。
 その熱が、声と共に喉に詰まる。
 もう、何も言葉に出来なくなる。


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このストーリーに関するコメント

15/10/08 クナリ

挿絵は一枚目が主人公、二枚目が伽羅のイメージですが、主人公が幼すぎました…。
昔、女装デビューしたころ…ということにしておこう…。

服などは成人女性用のものをアレンジしたのですが、なぜこんなに幼いのでしょう(答:下手だから)。

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