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佐々木嘘さん

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らくさきつりと

15/10/07 コンテスト(テーマ):第六十五回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 佐々木嘘 閲覧数:923

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桜が散ればもう誰も見向きもしない。
4月上旬には綺麗だ綺麗だともてはやし、桜が散れば毛虫が邪魔だと忌み嫌う。
人間は本当に勝手な生き物だ。



もしかすると花見の時だけ飲めや歌えやと騒ぐ奴らより、いそいそと小枝を集めスモークチップとしてチーズやハムを美味しく燻製しているあの男の方がずっとマシなのかもしれない。

でも週末の午後、穏やかな日差し。涼しい風。陽だまりの野良猫。そんな穏やかなものは全部オマエなんかには似合わないと大声で笑ってやりたかった。

同情なんてしない。気に入らないのならさっさと引っ越せばいい。
そんな顔をするくらいならあの時気が済むまで斧で殴り切り倒してしまえばよかったんだから。






その男は佐倉と言った。
春。私が居るこの中古の一軒家に佐倉夫妻が引っ越してきた。もうこれで何人目だろうか。随分長い間私はこの桜の木のまわりをふよふよと浮きながら住人達を眺め続けていたから。


男には妻がいた。
そしてその妻は稀に存在する、いわゆる見える人だった。
初めて彼女が私を見た時彼女はとても驚いていた。当たり前だ、私もとても驚いたのだから。


「…え?え?私が見えるの?」
「うん。見えるの。あたなは桜の木の妖精さん?悪霊さん?」
「え。わか、んない。いつの間にかずっと此処にいたから」
「あらそうなの。随分幼くて可愛らしいから妖精さんかしらね」


人間ではない私に怯えもせず、ふふふと穏やかに笑う顔が印象的だった。

妻は佐倉朔と言った。
旧姓は山田なのに結婚したらサクラサクなんておかしな名前になったのよ、と。


少し身体が弱いため空気の良い此処へ引っ越してきたと言う彼女は、旦那が仕事へ行っている平日の午後、縁側に座りいろんな話をしてくれた。


もともとは都心の方にいたけれど私の身体を考えて少し田舎のこちらに引っ越してくれたの
桜の木がとても綺麗だよって旦那さんはとても気に入ってこの家にしたわ
仕事がとても忙しい人だからこんな風に妖精さんとお話できるのはとっても嬉しい
もう少し元気になって子どもが出来たらこのお庭で沢山のお花を植えたいと思う、と


何十年何百年前から此処に居て、その間一度も気づかれたことなんてなかったから、その時私は彼女との何気ない毎日の会話に心が踊っていた。






そして半年が経ち、一年が経ち、また桜の季節になった。
私は彼女に大好きの意味を込め、その年は例年にないくらい鮮やか桜を咲かせてみせた。


「凄いわ妖精さん。どの桜よりも一番綺麗よ」
「朔さんの為に咲かせたの。気に入った?」
「嬉しいありがとう。きっと旦那さんも喜ぶわ」
「朔さんは旦那さんが本当に好きだね」
「ええ、大好きよ」


まるで初恋の人を思うように純粋な彼女の大好きよという言葉がとてもくすぐったかった。
私はあまり見た事がないからどんな人かわからないわと言うと彼女は本当に嬉しそうに話をしてくれる。
とても仕事熱心で責任感が強くて、でも頑張りすぎるから過労死にならないか心配しているの。優しくて植物と子どもが大好きでたまに作ってくれる料理がとても美味しのよ。


「でも朔さんをほったらかしにして仕事ばかりしている所は好きじゃないわ」
「ふふっ、違うのよ妖精さん。人間ってねおもしろいの」
「おもしろい?」
「いつも一緒が一番じゃない。お仕事も私の為。だから言葉にしないけどお互い心で支え合ってるのよ」


うーん難しくてよくわからない。私は正直にそう言った。
つまり愛し合ってるから大丈夫よ、と彼女は笑う。
その笑顔は一点の曇りもなく心の底から愛しているのだと教えてくれた。


素敵な旦那さんだね。
私は少しだけちゃかしてみる。すると予想とは違い彼女は何故か少し困った顔をした。


「ええ、とても素敵な人なの。でもとても弱い人なの」
「弱い?」
「だからね、妖精さん。私の旦那さんを守ってあげて」







翌日、彼女は珍しく早朝に縁側へ出てきた。
妖精さん、妖精さんと小声で私を呼ぶ。足元には大きな荷物が2つ置いてあった。


「実は今日からしばらく入院することになってしまったの」
「大丈夫なの?」
「平気よ。また妖精さんに会いにすぐ戻るから」


少しの間だけさよならね、といつもの笑顔で彼女は言った。

私は病院へ向かう車を見送りながら桜の木の枝に腰掛ける。朔さんが居ないのはとても淋しい気がした。でも朔さんも淋しいのかもしれない。
そうだ彼女が帰って来るまで私はこの桜を咲し続けよう。綺麗だと褒めてくれたこの桜と共に彼女の帰りを待っていよう。退院したらきっと驚くだろうから。





4月が過ぎても彼女は戻らなかった。
5月が終わりかけた時もまだ戻ってこなかった。
6月中旬になってもまだまだ戻ってこなかった。


そして7月の初め、彼女は死んだ。
再生不良性貧血という病名で。



すぐ会いに戻ると言ったのに。少しの間だけさよならと言ったのに。なんで彼女は戻ってこないんだろう。
私は泣いた。
嘘だ嘘だと思いながら。
桜の木にもたれ掛かり、おんおんと声と涙を出し尽くすまで泣き続けた。








数日後の晩、男はまだまだ泣きぐずっている私の下へとやってきた。

身体はこの短期間で随分とやせ細ってしまったようだ。
充血した目を見開きながらブツブツと何かを呟きながら桜の木に触れる。
そして右手に握りしめている斧にはとてつもない殺気を感じた。


「…こんなものが…こんなものがあるから朔は死んだんだ!」


突然そう叫ぶと男は木の根元を斧で何度も何度も、力いっぱい切りつけてきた。
驚いた。
でも必死に止めようと男の身体を掴むけれど私には触ることが出来ない。切り裂くような声で懇願するが男には私の声が聞こえてはいなかった。


止めて。
止めて!
私はこの木に憑いているから、この木が死んだら私自身も消滅してしまうの。


「止めて!止めて!お願い!」
「7月になっても咲いてるこんな気持ちの悪い木のせいで朔は死んだんだ!俺は知ってるんだ、悪霊が居るのを!朔がいつもこの木に話しかけていたのを!」


男は悲しんだ。最愛の妻を亡くし心が壊れてしまうほど。
一番近くに居たのに、もっと早く彼女の異変に気づいていればと、次々に溢れる後悔がどんどん積み重なっていく。
自分を責めた、責めて責め続けた。


でも男は弱いから。
その重圧に耐えられなくなって、無意識に妻の死を私のせいにすり替え悲しみから逃げようとした。


近所では私の木はこんな時期に咲き狂う呪われた木だと噂されていたそうだ。誰かが言った、桜の木の下には死体が埋まっていてその死体の血で桜は色を付けるんだ。
そんな馬鹿みたいな噂を鵜呑みにし、私が彼女の生き血を啜り続けこんなにも鮮やかにこんなにも長期間咲き狂っていたのだと男は必死に思い込もうとした。




あまりに彼女が穏やかに笑うから。
みんな気づいてやれなかったんだ。
淋しい。朔さん。もう会えないのはとても淋しい。





男は斧を捨て、その場に泣き崩れた。
何度も何度も彼女の名前を呼び、何度も何度も謝り続けた。


「朔…さく…ごめん…」









彼女が死んで30年になる。
あの日以来、私は桜を咲かさなかった。


もともと田舎だった此処は今では老人と猫と空家だけが増えてばかりいる。男は普段自室からあまり出ない。働き詰めでほとんど家に居なかった癖に彼女が死んでから仕事を変えたそうだ。
そしてごくたまに縁側でぼーっとしたり、庭で魚を七輪で焼いたりしている。覇気がなく、死んだ目をしてただただ過ごしていた。そして時折何か言いたげな顔をしながらこちらに視線を送ってるように思えた。





---ごめんよ

いつだったか、縁側に座って桜の木を見上げ男は小さくそう呟いた気がする。でも多分空耳だ。私は人間じゃない。だから朔さんの言う心で支え合うの心というものが理解できない。 そんな風に見つめられても、悲しいのか、恨んでいるのか、謝りたいのか、きちんと向かい合い言葉にしないとわからない。


大嫌いだ。
私は許さない。同情もしない。気に入らないのならさっさと引っ越せばいい。



それでも約束をしてしまったから。大好きな朔さんとの約束だから。
だから私は今日も桜の木のまわりをふよふよと浮きながら男をじっと見守っている。


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