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風さん

風です。 文章を書くのが昔から好きで、マイペースにほのぼのと書いております。不思議な話が大好きです。コメントへのお返事は遅くなることもあるかと思いますがよろしくお願いします。

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雨だけが降る世界

15/10/06 コンテスト(テーマ):第九十三回 時空モノガタリ文学賞【 憂鬱 】 コメント:0件  閲覧数:904

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私がいると雨が降る。世界はそういう風にできていた。
ゆえに、ここに私以外に生きる物はなにもいなかった。生命の誕生には日の光が必要だ。待てど暮らせど雨は止まず、皆この土地にいるのをあきらめたのである。すべては私がここにいることが原因だった。だが、皆は私をせめることもせず、静かにこの地を離れていった。
作物が育つことなく、小鳥のさえずりもない。日中であっても、どんよりとした灰色が空を覆っているのだ。ずっと長い間、いや、本当はそんなに長い月日はたっていないのかもしれないが、日の光の暖かさ、その白く柔らかな様を霞ませてしまうくらいには、この雨は降り続いていた。
私はこの地を歩くのが好きだった。植物たちは光の少ないこの地に適応し、鬱蒼と茂り豊かな自然を築いていた。私はパラパラと降る小雨の日に、その森の中を当てもなく彷徨うのを楽しみにしているところがあった。
いくつもの巨木がどっしりと土に根を張り、身の丈の何倍もあろうかというほど高く聳え立っている。森は深く、どこまでも永遠に続くような気さえしてきて、荘厳な風景の中に神聖さを感じていた。
そこに足を踏み入れると、雨の音がカーテンのように包み込み、外界と遮断される。じめじめとした気分とは裏腹に、スッとなにかが腑に落ちたような気持ちになることができた。地面は乾くことなく湿っていたが、私は嬉々としてぬかるみがある場所を選んで歩きまわった。
散々歩き回って疲れ果てると、また元に戻り鬱々とした日々を過ごした。雨にも気分はある。それによって奏でられる音楽を聴くのは嫌いではなかったが、そのたびに自分が独りであることを嫌というほど自覚してしまい、またここにある運命を思った。



その日は翠雨だった。葉の上に球体のガラス球のような雫を作り、それを葉先からポッとたらすような優しい雨だ。
森に足を踏み入れたときに、木々のざわめきを聞いた。どくどくと耳の中で鳴るそれに、久しぶりに自分の体に通う血液のことを思い出した。直感が戻らねばならないと訴えている。しかし足は勝手に森の奥へと進んでいた。
苔が生い茂る道なき道をいく。時折木の根元に身を隠して、遠くに耳を傾けた。何度目だっただろうか。ぬかるんだ地面に足を取られながらも、こちらに近づいてくる音がする。私はじっと古木の洞に身を潜めた。そのときはすぐにやってくる。
ずちょ、びちゃ、ぐちゅ。
美しくない音とともに、その人はやってきた。ぼろを着て足を引きずるようにしている。荷物らしいものはなく、ただその腰に一振りの刀を差していた。
こくりと息をのむ。男は何か感じたのか、ゆっくりとこちらを振り返った。
頭に笠をかぶり、布で目下まで顔を覆っていたため表情はわからない。ただ唯一覗いた目が、少し開かれたのがわかった。それが布を取り払い、こちらをよく見ようと目を細める。精悍な顔つきの青年は、洞の中に身を小さくして隠れていた白い幼子の私をみつめた。
ぽとり、と雨の雫が落ちる。
男は再び布をつけ歩き始めた。誰と問わず、何故ここにとも問わず。私はその背が小さくなるまで見つめた後に、なにかに弾かれたようにその背を追った。ここの歩き方を心得ている私が、彼に追いつくのにはそう時間はかからなかった。
「なぜ行くのです」
「雨を願いに行くのだ。この地には龍が居ると聞いた」
凛とした声で聞くと、男は足を止めることもこちらを見ることもせずに答える。
「なぜ」
「ここからずっと東にある我が故郷は酷い日照りが続いている。このままでは作物が全て枯れ、私のいる村は全滅だ。一刻の猶予もない。家族も、病と空腹に苦しんでいる。打つ手がないのだ。どうしようもないのだ。だからここへ来た」
そこでようやく男が足を止めた。
「あなたは龍の場所を知っているのか」
私は無言のままコクリとうなずいた。
「案内してもらえるか。私にはもう、この地を歩いて探す体力が残っていないようだ」
険しい顔つきから初めて感情をこぼしたその顔に、私は見覚えがあった。
「その必要はございませぬ」
私は彼が何か言う前に、姿を変えた。
森の中に太陽が生まれたかのような眩い光を放つ。純白の鱗を身にまとい、長い体躯を宙に浮かせた。目を開けて大きな眼で人間を見ると、畏怖すべき対象の俗世離れした美しさに見とれて、ぽかんと口を開き滑稽な顔をしていた。
願いを叶えましょう。
大きな体躯を唸らせ空を翔る。轟音とともに空を裂くそれは雷鳴のようで、私は黒々とした雨雲達を引き連れて悠々と空を舞った。



あれから男はもう来ない。
たっぷりと雨を降らせたから、きっともう大丈夫なのだろう。彼の家族も生きるだろう。そこまで考えて、小さくため息をつく。
神様というものも考えものである。まだ人であったころに、思いを寄せていた人が生まれ変わるのを見てしまった。
いまだ雨は止まない。


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