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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
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ガジュマルは戦場で死んだ

15/10/05 コンテスト(テーマ):第九十二回 時空モノガタリ文学賞 【 沖縄 】 コメント:11件 冬垣ひなた 閲覧数:2252

時空モノガタリからの選評

重厚で力強い文体によって沖縄の悲劇が丁寧に描かれていて、一つ一つの描写が迫力をもって胸に迫ってきました。幻想的、夢幻的でありながらも強い実在感を感じさせる物語ですね。そして「トンボ」が最後には「どこの国とも知れぬ」ものへと変化していくのが印象的でした。元々は人間同士の俗なる争いであったはずが、いつのまにかガジュマル達と人間の壮大な「いくさ」へと変化を遂げ、そのことにより特定の国への憎悪という視点を超えた、戦争そのものへの深い怒りを描くことに成功されているのではないかと思います。

時空モノガタリK

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ガジュマルの枝からキジムナーの姿が消えたのは、雨季の音が訪れた頃だった。精霊が何処へ去ったのかは定かでない。
枝から髭のように垂らした褐色の気根は、幹と変わらぬ強靭さで巨木を支え、いかにも長寿の風情を漂わせていたが、枝葉はまだ若い。
この、ハイビスカスの咲き乱れる南国の島では、豊かさや幸せは、海の向こうのニライカナイからやってくるといわれていた。楽土に渡れば憂いもないだろう。
大きなトンボが島を焼いて回っている。そんな鳥や獣の噂話が不穏な空気を帯びていたが、ガジュマルには確かめるすべもない。
キジムナーは、きっとニライカナイに行ったのだ――。そう思う事にした。
何せガジュマルの命は数えられぬほどに長いのだ。淋しさや悲しさは、考えていられない。


しばらくして森に珍しく人間が現れた。
赤ん坊を抱えた若い女は、休むのに手頃なガジュマルを見つけると、少し安堵したようにその窪みに身を潜めた。
ガジュマルは思い切って、女に尋ねた。
「もし、そこの女。この島に何があったのか?」
女は驚くのにも疲れたような顔で言った。
「いくさよ。海の向こうのアメリカが襲ってきて、首里が落ちた」
何ということか。守礼之邦(しゅれいのくに)は破壊され、この美ら島は終焉に向かっているというのか。
「ヤマトンチュ(本土の人)の兵隊さんはまだ戦うと言って、ウチナーンチュ(沖縄人)の隠れてた洞穴を取り上げた。あちこちでそうだった、大勢の島人が砲弾に殺された」
赤ん坊に乳を含ませながら、歯の根の合わぬよう言葉を振るわせながら女が言う。
「島人を助けたヤマトンチュの役人たちも何処に行ったか分らない、自分らで死んだ人もおる――」
良く見ると、赤ん坊はとっくの昔に死んでいるようだった。
翌朝、動かず硬くなった女の背中は湿っていて、そこから出来た血だまりがガジュマルの根元に溜まっていた。
生臭く冷たい赤の色が黒に変わって行く。膿が垂れ蛆がわき朽ち果ててゆく母子の骸を抱きながら、ガジュマルは静かな憤怒に身を揺らした。
今まで数えきれぬ死を看取ってきたが、かくも罪なき人の命を奪うとは――。
すると気根が土から抜け、根も地表にはい出し、幹が動いた。
ガジュマルは骸を胸に、蜘蛛のごとく、前進し始めた。
いくさだ。
ウチナーはまだ死なん。


影が見えた。
銃を抱え、軍靴で草花を踏みしだく、鬼、鬼、鬼――。
銃撃の中をガジュマルは駆け抜けながら、枝をしならせ、それをなぎ倒した。
いくさだ。
いくさだ。
すでに数えきれぬガジュマルが戦場にいた。
炎の花を咲かせた大勢のデイゴの木も、地表に根を這わせながら暴れ、大小おびただしいシーサーが、雄たけびを上げながら鬼の大群に肉迫してゆく。
亡骸を抱き直すガジュマルの前に、戦車が現れたが、立ちはだかった石敢當の碑にぶち当たると宙に舞った。
砲弾ではだけた白い大地の上から、アダン林の一群が押し寄せる。多くの血が流れた島の大地に、怒りが逆巻いていた。
しかし、緑に呑まれ後退した軍勢の上空から、戦闘機が焼夷弾を投下すると、戦況が変わった。
あたりは長い夜に包まれる。
次第に木々は炎に包まれ、兵器は次々に緑を焼き払ってゆく。
機銃を避けながら、ガジュマルたちは焦土と化した街を駆け抜ける。折り重なる人間の骸が命のおしまいに残した怨嗟の声が轟き、どこからか三線の音が響いた。
追い詰められた木々はついに海岸に出たが、暁の海の向こうには軍艦が見えた。
仲間は、応と叫び次々に海へ進んでゆく。軍艦を沈める気だ。
が、骸を抱くガジュマルはためらった。
怖気づいたのではない。
粛々と昇る朝日の映る、ニライカナイへ至る海路は、蹂躙されても美しかった。
しかし――まだここに、生きた島人がいるかもしれない。
置いては行けぬ、そう思った時だ。
トンボが、きた!
仲間の叫びは爆撃機の轟音にかき消された。
凄まじい爆風と熱波に、ガジュマルは吹き飛ばされる。
あんなに豊かだったガジュマルの葉は燃え、枝は折れ樹皮は黒々と焼け焦げた。気根も幹もえぐれていた。
母子の骸は離れた所に飛ばされていたが、形は留めていた。ガジュマルはそろそろと骸に近づき覆いかぶさった。
旋回し、爆撃機が再び迫りくる。朝日を浴びて輝いた機体はもうどこの国とも知れぬ。
――焼夷弾は炸裂し、煙を上げ炎に包まれた巨木は真っ二つに折れると、そのまま動くことなく紅蓮の中に飲まれていった。


この話は両陣営とも集団幻覚として処理し、記録は残されていない。


あの戦争から70年が過ぎたという。
何事もなかったように訪れる観光客のそばで、ニライカナイを眺める齢70歳のガジュマルは願う。
海の向こうからの客人がよき人であるように。
今もトンボの飛ぶ沖縄の空は、時折泣いている――。


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このストーリーに関するコメント

15/10/05 冬垣ひなた

≪補足説明≫
左の写真は「写真AC」から、右の写真はストック・フォトからお借りしました。
場所は沖縄本島の万座毛という絶景スポットだそうです。

≪参考資料≫
・沖縄の歴史と旅 (陳舜臣著)
・沖縄の島守 内務官僚かく戦えり(田村洋三著)

15/10/06 滝沢朱音

…すごい。
沖縄、そして戦争のテーマにはこれぞ、というストーリーですね!
「ガジュマルは戦場で死んだ」というタイトルの付け方も素敵だし、
(あえてニライカナイを持ってこないところが心にくい!)
「いくさだ。」の連呼、おなかにずん、ずんと響きます。
すばらしかったです。

15/10/06 草愛やし美

冬垣ひなたさん、拝読しました。

素晴らしい作品ですね、沖縄の歴史、負の部分を私も書きたかったのですが、難しくて歯が立ちませんでした。どう表現してもうまく表せなかったことが、ここには全て示されていました。

ガジュマルの木が、頑張った沖縄の悲しみを抱えて、凄い発想。沖縄の事実は何も解決していないことも最後にちゃんと書いておられて素晴らしいです。大変感動しました。そして私の描けなかった沖縄を書いて戴いたことに感謝します。良い作品をありがとうございました。

15/10/09 冬垣ひなた

滝沢朱音さん、コメントありがとうございます。

戦争を知らない者が戦争を書くことに躊躇がありましたが、
今の時代はもう、話を聞いた世代が伝える番だと思います。
タイトルはもうこれ以外ないなと思い書きました。
今回は怒りや悲しみの満ちた話なので、そこが書けるか不安でしたが、
伝わったようで良かったです。


草藍やし美さん、コメントありがとうございます。

沖縄戦は、一場面だけを切り取るとこれは沖縄戦でなくなってしまうと思い、
抽象画のような形でありますが、このように描きました。
本当に拙くて申し訳ないくらいですが、今回は草藍さんのような魂籠った作品を目指し
描いたので、こうして形にできて良かったと思います。こちらこそ感謝しております。

15/10/10 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

沖縄県知事だった島田叡氏のことはBSの番組で知っていました。
戦争の時代において、沖縄の人の命のことを考えて行動した方だと。
戦後七十年が経ちましたが、戦争の爪痕が沖縄には多く残されているという現実。
一見ファンタジーのように描かれたこの作品ですが、平和について強く祈りたくなる素晴らしい作品だと感銘を受けました。

15/10/12 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

島田知事は初めから自決の覚悟で赴任しながら、皆には生きるようにと最後まで言い続けました。
最初は彼の話を書く予定でしたが、ここだけ書くと美談で終わってしまうような気がして。
いつか書きたいですが、今はその時じゃないんだと思いますので、想いはガジュマルに託しました。
ニライカナイは私たち次第というラストに、平和への想いを感じ取っていただけたなら嬉しいです。

15/10/14 光石七

拝読しました。
沖縄の怒りと悲しみが強く伝わってきました。
人間と同様、沖縄の自然も平和を願い、そのために憤り、涙を流し……
心にずしりと響く、深いお話でした。

15/10/16 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございます。

感情は戦争関連の絵本などを参考にしました。
沖縄の自然や歴史を感じてもらおうと、人間より寿命の長いガジュマルを主役に据えました。
もう70年。まだ70年。捉え方は人それぞれですが、やはり戦争のない世の中がいいと思います。

15/10/23 泡沫恋歌

冬垣ひなた 拝読しました。

沖縄の歴史を見据えた素晴らしい作品ですね。
本土戦だった沖縄では多くの島民が爆撃で亡くなられました。
あんな悲惨な戦争が、もう二度と繰り返されないように祈るばかりです。

心を打つ、感動作品をありがとうございます。

15/10/23 冬垣ひなた

泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。

沖縄の人の心持ちというのを慮るのに
陳舜臣さんのいうニライカナイ思想は糸口になるかと思い、話に織りこみました。
学童疎開船・対馬丸の沈没という悲劇もありましたが、疎開は命がけであり、
島民が逃げられない状況での地上戦でした。
難しいことなのかもしれませんが、平和を模索する心は失わないようにしたいです。
こちらこそお読みいただきありがとうございました。

15/11/12 冬垣ひなた

時空モノガタリKさま、コメントありがとうございます。

現実と幻想を織り混ぜるにあたり、まず小学生向けの絵本を作るイメージで構成し、
それを大人向けに書くという手法をとりました。
私は史実を基にした作品が多いですが、読むと書くとでは、
やはり書く方がより深く理解できるように思います。
ガジュマルには国際情勢など分かりません。その視点から初めて、
Kさまのおっしゃるような事が私にもわかりました。
書くことは成長です。この入賞を励みに、さらに頑張りたいと思います。

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