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Fujikiさん

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夕樹が女装した日

15/10/05 コンテスト(テーマ):第九十四回 時空モノガタリ文学賞 【曖昧】 コメント:6件 Fujiki 閲覧数:1909

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 遼平が夕樹と仲良くなったのは転校してきた初日から隣の席になったのがきっかけだった。夕樹は無口だったが、何も揃えていない遼平に新しい高校の教科書を見せてくれた。授業中の夕樹は頬杖をついて入道雲を眺めてばかりいたので、教科書を使うのはもっぱら遼平だけである。窓の外を見つめる夕樹の横顔は彫りが深く、前髪がわずかにかかる二重瞼の目は澄み透っていて覗き込むと吸い込まれそうなほどだ。日に焼けた肌はワイシャツの白さを際立たせていた。女子にモテそうなタイプだと遼平は感じた。
 遼平は夕樹のことを島に引っ越してきて最初の男友達だと思っていたので、他のクラスメイトから夕樹が女だと聞かされた時には面食らった。夕樹が男子の制服を着ることを高校側は当初快く思わなかったようであるが、親が来て校長と話を付けてからは誰も何も言わなくなったという。それでも体育の授業では女子の班に加わり、女子トイレを使う。トイレについて遼平が話を聞いてみると、
「別に、こっちに入るのが自然かなって。それに男子便所って汚いだろ?」という、あっさりした答えが返ってきた。
 七月のある日、遼平は高校からの帰りにある少女の姿を見た。普段は毎日夕樹と下校するのだが、この日は夕樹が早退したので一人だった。夕樹の自宅近くのバス停で、ショートカットの少女が着いたばかりのバスに乗ろうとしていた。遼平は自分でもなぜか分からないままに足を止め、少女の姿を見つめた。
 健康そうな、美しい少女である。水色と白のワンピースを着て、ピンクのポーチを手にしている。新品の白いパンプスが背の高い少女をさらに長身に見せていたが、それを履いて立つ姿はどこかぎこちなく見えた。いよいよバスに乗り込もうとする瞬間、少女は視線に気づいたかのように遼平のほうに顔を向けた。
 それは夕樹だった。
 夕樹は目を見開き、体をこわばらせる。そして逃げ込むようにバスの中に消えて行った。バスが去った後すぐに遼平がLINEでメッセージを送ると、明日の夕方に会おうという返信が数時間後に届いた。
 翌日の土曜日、待ち合わせの公園に現れた夕樹は灰色のTシャツを着てジーパンを履いていた。道すがら買ったらしい二人分のコーヒーの紙コップを手にしている。二人は空いているベンチを見つけて並んで座った。
 遼平が何を聞きたいのか分かっているかのように、夕樹は照れ臭げに切り出した。
「昨日のバス停でのことだけどさ、今オバアが入院してるんだ。それで同じ病室の人の目もあるからお見舞いの時には女の子らしい格好で来てってオバアに頼まれて」
「意外と似合ってたよ」
「でもやっぱ、女装って無理。足がスースーするし、道歩いてても何か小っ恥ずかしい」
 夕樹は手元のコーヒーに視線を落とした。夏なのに手を温めるかのように、両手で持った紙コップをいつまでも弄んでいる。二人の他に誰もいない公園には夕蝉の声が響き、心地よい風が吹いている。
 長い沈黙の後、夕樹は顔を上げることなく言葉を続けた。
「本当はオバア、そんなに長くないんだ。本人には何も言ってないし、医者に宣告された余命なんか軽く越えてピンピンしてたんだけど、最近急に容態が悪くなってさ。いつ死んでもおかしくないオバアの前で、普通の女の子のふりして『すぐに治るよ』とかきれいごとの嘘ついてるとマジで自分が嫌になってくる」
 夕樹のオバアは死期が迫っていることなどお見通しなのかもしれない、と遼平は思った。おそらく重病人の立場を利用して孫娘を少しでも「普通の女の子」らしくさせるつもりなのだろう。顔を合わせる度に、遼平が結婚してひ孫の顔を見せに来る日までは死ねないと言う遼平自身の祖母を見ていれば容易に想像がつく。年寄りなんて勝手なものだ。
「普通の女の子のふりって言うけど、夕樹の中では男なの? 女なの?」と、遼平はおそるおそる訊ねた。以前から心に引っかかっていた質問である。夕樹は顔を上げ、はにかむように微笑んだ。
「……実は、自分でもよく分かってないんだ。女っぽいのは苦手だけど、男になりたいかって言われても、ちょっと微妙。曖昧なままにしてちゃ、やっぱりダメかな?」
「いいよ。どっちにしたって俺にとって夕樹は夕樹だから」
「サンキュー」
 そう言うと、夕樹は遼平をいきなりギュッと抱きしめた。シャンプーの香りが微かに残る髪が頬に触れ、柔らかい小ぶりの乳房がTシャツ越しにためらいもなく胸板に押し当てられる。まだ女を知らない遼平の股間はズボンの生地の下で猛烈に硬くなった。
 ったく、さすがに不意打ちは困るよ。下半身のあまりにも正直な反応を夕樹に気づかれないよう身をよじらせた後、遼平は腕を回して夕樹の背中をそっとさすった。日は既に沈み、アコークローと呼ばれる宵の薄明が二人を包んでいた。この一瞬が永遠に続いてほしい――遼平の望みはそれだけだった。


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このストーリーに関するコメント

15/10/30 久我 伊庭間

夕樹は遼平の口を通して曖昧であることを許されたと感じながら、
遼平は結果的にその曖昧から一歩踏み出しかけてしまっている、
それでありながらこの曖昧な時間が続いて欲しい……。
そういった諸々含めて、青春時代のみずみずしさが感じられて、
とてもさわやかな読後感でした。

15/10/30 Fujiki

十代の子どもって感情と肉体の両面で急激な変化を迎え、自分でもわけの分からないような状態になるものです。今の若い人はどうか分かりませんが、昔の子どもは情報が少ないので結構混乱していました。そんな捉えどころのない状態を曖昧をテーマに描けたらと思ったのです。すてきなコメント、ありがとうございます。

15/11/03 光石七

拝読しました。
思春期ならではの「自分」に対する疑問や戸惑い、友情と異性としての意識の芽生えが交錯する二人の関係性。淡々とした語り口ですが、繊細にみずみずしく見事に描かれていて、感嘆しました。
ラストシーンも素晴らしいですね。しばし余韻に浸っていました。
素敵なお話をありがとうございます!

15/11/04 Fujiki

読んでくださりありがとうございます。実は、ラストシーンは明暗の境目が曖昧な日暮れにしようと話の内容を考える前から決めていました。気に入ってもらえて本当にうれしいです。

15/11/28 そらの珊瑚

Fujikiさん、拝読しました。

友情とも恋愛とも言えないような曖昧な感情と、男か女かどちらかとも決めかねられない心うちの曖昧さ。
二重の曖昧さを、リアルな思春期の息遣いが感じられるような筆遣いで描いた素敵な作品だと思いました。

15/11/28 Fujiki

読んでもらえた上に、コメントまでいただけてとても嬉しいです。
どんな人でも、線を引いて明確に区別するのが難しい感情や意識に戸惑うことがあると思います。実際の心の中は、色のグラデーションのようになっているのかもしれません。

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