1. トップページ
  2. 絞首台まで二メートル ――ミミタンの思い出――

クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

投稿済みの作品

3

絞首台まで二メートル ――ミミタンの思い出――

15/10/03 コンテスト(テーマ):第九十三回 時空モノガタリ文学賞【 憂鬱 】 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1565

時空モノガタリからの選評

弁当の時間というのは、おそらく多くの人にとって様々な思い出がつきまとうものなのでしょう。主人公のようにそれを通して、友達との関係に変化を起こせるかもしれないと、どこか淡い希望を抱く気持ちはよくわかりますが、その期待は非情にも壊されてしまうところが、切ないですね。「あなたの息子はクラスで最下位の人間なんだよ、と伝えるのは、母の人生が失敗だと言うのと、同じ」という一文が、主人公の優しさを感じさせて印象的でした。いつか彼の憂鬱が晴れ、「二メートル」という、人との距離が縮まる日が来ることを願いたくなりました。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 いつまで、こんな思いをするのだろう。
 朝、出社前にテレビをつけると、子供向けの番組がやっていた。
 今流行っているゲームか何かのキャラクタの着ぐるみが、アイドルと一緒にはしゃいでいる。
 CMに入ると、そのキャラクタのソーセージやふりかけの宣伝が流れた。
 一人きりのリビングで、ネクタイを締めながらそれを眺める。



 小学校の頃、週に一日、給食ではなくお弁当の日があった。
 友達が一人もいない僕は、お弁当の見せ合いやおかずの交換という交流イベントが発生するこの日が、給食以上に憂鬱だった。
 僕のクラスの生徒は、三十人。序列が二十九位や二十八位の子は、意外にトップテンの子達と友達になることがある。
 けれど、三十位の僕と仲良くしようという子は誰一人いなかった。
 パート主婦だった母は、いつも早起きして、きれいなお弁当を作ってくれた。その母に、
「せっかく出来が良くても、その彩りを褒めてくれる人も、その卵焼きを頂戴という人もいないんだよ。だからどんなに手抜きをしても、困る人は誰もいないんだよ」
とは言えなかった。
 あなたの息子はクラスで最下位の人間なんだよ、と伝えるのは、母の人生が失敗だと言うのと、同じだと思った。

 その頃日本中で、ミミタンというキャラクタが流行っていた。
 僕は、大人気のミミタンソーセージをお弁当に入れてくれるよう、母に懇願した。
 これをきっかけに、僕はクラスで交流を持つ。あわよくば、友達を作る。そう心に決めた。
 母は僕の願いを聞き入れ、特に気合の入ったお弁当を作ってくれた。今にして思えば、母は自分の息子がクラスの最下層に属していることに気づいていたのかもしれない。
 学校で昼休みを迎え、僕は教室でお弁当を開いた。
 鮮やかな色彩に彩られたお弁当箱の中、ピンク色のソーセージは一際輝いていた。
 僕が誤算に気づいたのは、ほんの一分程した頃だった。
 友達が一人でもいれば、その子を導火線にしてクラスの人達に僕のお弁当の素晴らしさが伝わるきっかけが出来ただろう。
 しかし、ただの一人も友達がいない僕には、お弁当という火種があっても、それが交流という火薬に到達する要素が存在しなかった。
 教室の中を見回した。誰かが気まぐれで僕の傍を通りがかり、
「うおっ、ミミタンソーセージじゃん。て言うかお前の弁当すげーな!」
「いや、彼の弁当はいつも凄いよ。この肉団子と何か交換してよ」
といった展開が生じないかと思ったけど、そんなことがあるはずがなかった。
 それでも奇跡を期待して、ことさらゆっくりとお弁当を食べ進めた。
 食事を終えた生徒は一人、また一人と昼休みを満喫するために教室から消えて行った。
 足場をどんどん消しゴムで消されて行くような気分で、僕は、ゆっくり、ゆっくりと、お弁当を食べた。もう味などしなかった。
 つるりとした黒豆が、何度も箸先から滑り落ちた。それは時間稼ぎのためではなく、指の震えのせいだった。
 奇跡は起きないまま、とうとう、最後にミミタンソーセージが残った。
 顔を上げて周りを見ると、窓の外では、校庭で僕以外の男子全員がサッカーに興じていた。
 女子のグループは室内にまだいくつかあったけど、彼女達の視界に僕が意識されることはあり得なかった。
 すると、先生が僕の方へやって来た。
 先生は、ミミタンを知っているだろうか。小学校の先生なのだから、知っているだろう。
 僕は最大限の妥協をして、なるべく大きな声で、先生にだけでも「これミミタンソーセージなんですよォ!」と伝えようとした。
 しかしそれより早く、僕から二メートル程先で立ち止まった先生の
「お前、ぐずぐずしてると昼休み終わるぞ」
という言葉が僕に突き刺さった。
 弁当箱の中身は、よく見えないであろう距離だった。
 冷たく硬くなったミミタンソーセージは、箸でなかなかつまめなかった。
 どうしても、いつまでも、うまくつまめなかった。

 家に帰り、母に弁当箱を渡した。
 僕は何も言わなかったけど、母も何も聞かなかったので、どんな昼食だったかはきっと分かっていただろう。
 三十位でごめんなさい、と胸中で叫びながら、僕は部屋に飛び込んだ。
 布団で顔を覆い、息を止めて泣いた。
 絶対に、母に泣き声を聞かせるわけには行かなかった。



 出社の時間が迫っていた。
 震える手では、上手くネクタイが締められない。
 今でも僕は苦しい。あの頃からずっと。
 今も僕が子供なら、誰かが救いの手を差し伸べてくれたのかもしれない。
 でも僕はもう大人だから、今更誰も助けてはくれない。
 いつまでこんな思いをするのだろう。
 僕は今でも三十位。
 きっと死ぬまで三十位。
 あの冷たく長い二メートルは、いつか僕が死ぬまで、僕と人々の間に横たわっている。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/10/21 滝沢朱音

繰り返される「三十位」というワードと、ネクタイ=絞首のイメージが強烈ですね。
クラスで最下位であることが、母の人生の失敗を意味するという思いや、
「今でも僕は苦しい。あの頃からずっと」が人事と思えず、とても共感しました。

15/10/22 光石七

拝読しながら苦しくて、悲しくて……
主人公は本当に誰とも距離を縮めることができないままなのでしょうか?
だけど、主人公の思考もわかる気がします。母親に言えなかったのもそうですし、傍から見ればなんてことない作戦だけど当人は一世一代くらいの決意で臨んだことも、それが不発に終わった悲しさも、大人になった今誰も助けてくれないという思いも……
主人公が抱えているのは、憂鬱以上のものだと思います。
「二メートル」を越えて主人公に手を差し伸べてくれる誰かが現れるよう、祈らずにはいられません。

15/10/24 クナリ

滝沢朱音さん>
今回はとにかく、みじめな子供時代を描写することに注力していましたので、自分でも書いていてイヤでした…が、こげな話に共感してはなりませぬ(^^;)。
ポイントとして、「親を巻き込む」「今でも影響が続く」を入れたのはこだわりでしたが、これもヤなこだわりですよねえ…。

15/10/24 クナリ

光石七さん>
我ながら書いていてくるしかったですからね。。。
主人公は死ぬまでこのままですね。よほどの出会いがないと無理ですね。
周りの誰かに相談しても、言葉にすれば話自体は「なんだそんなこと」と笑われてしまうことなのがわかっているし、今さらこんな話をしても「いい大人が」でおわってしまいますし。
そういう苦しさを生々しく書きたかったとはいえ、我ながら、本当に広がりのない話でした…。

15/12/05 じゅんこ

なんどもなんども拝読させていただきました。
学校帰り、時空モノガタリを開くと、自然に指が私をこのページへと導いています。
今日も頑張ったよ。皆と合わせて楽しいふりをしたよ。でもそれを私は母に言えない。今日も残してしまったお弁当を差し出す。私が寂しい思いをしているのは、お母さんが冷凍食品の詰め合わせただけのお弁当を私に渡すからだよ。なんて心の中で言い訳して、自分が悪い癖に。
制服のリボンが苦しくて仕方ないのも、お弁当の時間が苦痛なのも、この作品の主人公と重なって、苦しいはずなのに、気づけば繰り返しこの作品を読んでいました。
小学校の頃からだった。大人になっても、私はきっとこのままなんだろう。
でも、この作品を書いた人がいる、と思うだけで救われた気持ちになるんです。
散文で申し訳ありません。
何回も現れる三十位というワード、ネクタイのイメージが生々しくて、「巧いなあ」と勉強になりました。
クナリ様、有難うございました。

15/12/06 クナリ

じゅんこさん>
今自分で読み返しても息が詰まるというか、せつない気持ちになる作品なのですが(^^;)、お読みいただけて嬉しいです。
小学校の頃、自分が抱えていたいくつもの欠陥にコンプレックスを生じさせ、「コレはもう一生このままなんじゃないか…?」と怯えていました。
大人になることが恐ろしく、大人になっても使い物にならないであろう自分に、子供の頃から絶望していました。
作品と作者は別物ですし、今作の主人公は書いた人間とは全くの別人なのですが、こうした話が生まれた背景には書き手自身の心に巣食った何かがあるのでしょう。
この話が今のじゅんこさんに何らかの栄養をもたらすことができれば、光栄です。
コメント、まことにありがとうございました。

ログイン